海のレシピ project

Tsukumi/Saiki

アイゴの可能性を探す旅

[大分県 津久見市/佐伯市]

2022.08.05 UP

背びれや腹びれに毒の棘を持ち、独特の臭みがあるとして市場で値がつかない「未利用魚」に分類されるアイゴ。海藻を食べる魚であることから、著しく海藻が減少する「磯焼け」(海水温の上昇により拡大)の原因のひとつとも言われている。磯焼けが起これば海藻を採る漁業ができなくなるほか、磯の生物がいなくなり、魚が産卵する場所がなくなり、いままで食べていた魚が食べられなくなってしまう可能性も出てきてしまう。海のレシピプロジェクトはこのアイゴを「食べること」で海の未来に関わるきっかけが作れないかと、2022年8月「#アイゴプロジェクト」を始動した。

トピックス

未利用魚に新たな価値を吹き込む 「#アイゴ プロジェクト」

大分県漁業協同組合津久見支店・後藤真二さん/株式会社やまろ渡邉・渡邉正太郎さん

例年より早い梅雨明けが告げられた6月下旬。羽田空港から飛行機で約90分の大分空港に降り立ち、車で津久見市へ。津久見湾は豊後水道の東側に面するリアス式海岸であり、アジ、サバ、タイ、ハモなど様々な魚が捕れる豊かな漁場であるほか、岩場が多く磯物にも恵まれている。

四浦展望台からの眺め。リアス式海岸の入り組んだ湾の様子が一望できる。奥に見えるのはマグロ漁で有名な保戸島

「#アイゴ プロジェクト」のスタートとして、8月3日(水)~12日(金)に開催されるスパイラルガーデン(東京・表参道)での展覧会『海の森、海のいま ―海のレシピプロジェクトと新たな航海のはじまり』の期間中、Soup Stock Tokyoが監修した「アイゴのスープ」を、スパイラルカフェで提供する。今回はそのスープをつくるために、大分県漁業協同組合津久見支店と、佐伯市の水産加工会社やまろ渡邉に協力を仰いだ。

アイゴの稚魚。毒を持つ一方でかわいらしい顔だちから、「海のうさぎ」と表現されることもある

まずはスープの試作の為にアイゴの漁獲をお願いした、大分県漁業協同組合津久見支店長の後藤真二さんに、いま津久見市で取り組む「磯焼け」対策などについて、お話を伺った。海藻が著しく減退してしまう「磯焼け」は、全国的に大きな問題となっている。

大分県漁業協同組合津久見支店長・後藤真二さん

津久見では数十年前から様々な「磯焼け対策」を行っている。最近の事例のひとつとして、日本財団海と日本プロジェクトが行っている「LOCAL FISH CAN グランプリ2021」に出場した大分県立海洋科学高等学校の生徒がつくる缶詰のために、ブダイを提供した。「LOCAL FISH CAN グランプリ」は高校生が地域と連携して、海の課題を解決する缶詰を開発するコンテストだ。

「評判は良かったんですけど、結果は2位でした。今年こそ優勝を狙いたいですね」(後藤さん)

大分県立海洋科学高等学校の皆さんが作った「Spicy BUDAI スパイシーブダイ」の缶詰。加工会社も協力し、1000缶作られ、販売もされた

ブダイはアイゴと同じ海藻を食べる魚。磯焼けの原因のひとつと言われている。

「確かにウニやアイゴやブダイは海藻を食べるけど、本来、生きもの同士のバランスがとれていれば、海藻が食圧に負けて磯焼けが起こるとは思えない。温暖化の影響などが大きいのだと思うのですが…。そうはいってもこのままにしておくわけにはいかないから、一番いいのは、これらの魚が市場に上がり、出荷経費が賄えるくらいに売れてくれればいい。みんなが食べるようになったら、漁師も捕るようになりますよ」(後藤さん)

しかし現状、アイゴが市場に上がることはほとんどないため、後藤さんもアイゴを食べたことはないという。

佐伯湾近郊の漁場で捕れた魚が集まる鶴見市場。アイゴがセリに出ることはほとんどない。捕れた場合は他の魚のえさとなる場合が多い

「煮付ければおいしいと聞くこともありますが、毒の棘に刺されたら痛いし、加工や処理に手間がかかる。臭みの問題も。アイゴを食べなくてもほかにおいしい魚がたくさんあるから、漁師は捕らないし、市場にも並ばないんです」(後藤さん)

ここ数年で磯焼けの問題はかなり深刻になってきた。岩場が多い津久見はサザエや鮑などの磯物にも恵まれ、ヒジキやクロメなどの海藻を採る漁業も盛ん。磯場が多ければ、そこに魚の産卵もあり、稚魚が生まれる。つまり磯焼けが進むとそれらすべてに影響が出るということだ。

海面からのぞきこんで見えた藻場

さらなる対策として、今年はヒジキ漁の期間を減らす取り組みを行ったという。毎年28日間の操業を8日間減らし、20日間とした。ヒジキを切り残して、魚が産卵する場所を残す。高値で売れるヒジキを切り残すことは、本来ならしたくないこと。しかしこれからの安定した水揚げを願って、漁師を説得したのだという。

「その結果が分かるのは来年。これは漁業のためというより、これからの海の森を守っていくための取り組みなんです」(後藤さん)


次に向かったのは、お隣の佐伯市。水産加工会社のやまろ渡邉に、アイゴのスープの出汁を取るための干物の製品化を依頼したのだ。

「アイゴは子どもの頃から身近な存在です。母親がおやつに蒸してくれたサツマイモを餌にして、船の先端に座って釣ったこともありますよ」アイゴの想い出を聞くと、懐かしそうに答えてくれた渡邉正太郎会長。

やまろ渡邉。明治41年の創業以来、消費者に寄り添って商品開発を続けている水産加工会社

アイゴは捕れても加工と処理に手間がかかるのが、市場で値が付かない一番大きな理由だ。しかし干物化すれば、消費者や料理人はその手間を省くことができる。

「まずは、アイゴの背と腹のひれにある毒の棘をハサミで外していきます。それからアジの干物のように3枚おろしに。海藻を食べているので内臓が発酵して独特なにおいがしますが、早めに除去すれば、問題ないと思いますね」(渡邉さん、以下同)

背びれと腹びれにある毒の棘に刺されないよう、厚手のグローブを付け、ハサミで取り除いていく。塩水につけて身の水分を締め出し、約2時間、乾燥して干物の出来上がり

他の魚では必要のない処理の過程だが、「加工する難しさはそれほど感じていません」と渡邉さんは言う。

「加工を必要とする魚であれば、それに合った加工を模索すればいいだけ。皆さんが価値を認めてくれたら、我々の労力は大したことではありません」

今回の「#アイゴプロジェクト」に賛同し、まだ価値化されていないアイゴの干物の製品化を、引き受けてくれたのはなぜだろうか。

やまろ渡邉の渡邉正太郎会長

「全体の漁獲量が少なくなり、生産者の所得も少なくなってきている中で、新たな商品づくりは必要不可欠。それがいままで目もくれなかった、アイゴに目を付けて何とかできないかというのは、“ありだ”と思いました。チャレンジするのは楽しい。何とかやってみたいですよね。誰かがどこかでアクションを起こさないと変わらないですから」

家族も地域も、子どものころから海に生かされてきたという渡邉さんは、日本の食料を支えるところまで踏み込んでやりたい、と語る。そして、こうも続けた。

「海に生息している生き物に、不要なものはありません。有用かどうかというのは、我々が決めればいいこと。それを活用することによってみんなが良くなる。だから生産者の皆さんにも、一緒に力を合わせてやりましょうと、声をかけたいと思っているんです」

アイゴがこれから食卓に上る可能性はあるだろうか?

「それはあると思います。ある地域では、アイゴはなくてはならない魚として存在しているといいます。それは昔から培われた食文化。今から作ることも、可能だと思います」

やまろ渡邉が製品化したアイゴの干物は、Soup Stock Tokyo監修のもと、干物で出汁を取り、ソテーしたアイゴの身も入ったスープとしてレシピ化された。海を想う多くの人たちの協力によって生まれたアイゴのスープを、ぜひ味わってほしい。「食べる」ことが、海の森の未来に繋がっている。


写真:山中慎太郎(Qsyum!)

INFORMATION

本記事の映像「海の森のアイゴのこと」をPICKUPページにて紹介しています。こちらも併せてご覧ください。
https://uminorecipe.jp/pickup/1131

写真(スープ):大塚敬太