海のレシピ project

Iwaki

海と食卓の上を泳ぐ、大衆魚のサンマ

[福島県 いわき市]

2021.10.08 UP

日本を代表する映画監督、小津安二郎。『晩春』、『東京物語』などと並び代表作とされる作品に、『秋刀魚の味』がある。小津映画らしい、どこにでもいるような家族の物語。父が娘の結婚を心配するのも定番のテーマだ。しかしこの映画、タイトルに “ 秋刀魚 ” とあるにもかかわらずサンマが一切出てこない。構図の細部にまでこだわり抜く小津が、なぜこのようなタイトルをつけたのだろう。日本とサンマの関係を改めて考えてみることにした。

ものがたり

『秋刀魚の味』

監督・小津安二郎

サラリーマンの平山周平(笠智衆)。妻を亡くし、現在は長女の路子(岩下志麻)、次男で学生の和夫と三人で暮らしている。路子は昼に働きながら家族の世話もしている。周平の友人が路子に縁談話を持ってくるが、娘はまだそんな気はないと周平は断ってしまう。そんなある日、周平は同窓生たちと共に、大学時代の恩師・佐久間(東野英治郎)を迎えてクラス会を開いた。久しぶりに会った佐久間は妻に先立たれ、独身の娘と二人で寂れた中華料理屋を営んでいた。友人から「お前もああなる。路子ちゃんを早く嫁にやれよ」と言われ、周平は路子の結婚について重い腰を上げるのだった。

周平は、友人の河合らと仕事帰りに小料理屋で酒を酌み交わしたり、帰宅する前に一人でバーに寄ったりする。しかしそこでサンマを食べている描写はない。周平の自宅や、結婚して独立している長男の幸一(佐田啓二)の家のシーンもあるが、そこでもサンマは出てこない。セリフですらも出てくることはないのである。

理由としてはっきりしている経緯はこうだ。小津が次回作を企画しているとき、まだ内容が決まっていないにもかかわらず、宣伝の都合で先にタイトルだけでも決めてくれと頼まれ、『秋刀魚の味』に決めたのだという。後にこのタイトルについて尋ねられた小津は、「サンマはやすくてうまいからね」(日刊スポーツ 1962年8月11日)と答えたという。小津安二郎の評論を多く残した映画評論家の貴田庄は、著書『小津安二郎の食卓』の中で、
<小津は、日本人にとっての秋刀魚の持つ雰囲気、つまり、安くてうまい、大根おろしと一緒に食べる秋刀魚の塩焼き、その味がこの作品なんだといいたいのだろうか。>
と記している。

家族のありのままの姿を描き続けた小津だが、その小津映画には家族での食事シーンがほとんど出てこない。『秋刀魚の味』の周平も、前述のように友人らとは食事をするが、路子ら子どもたちと食卓を囲むことはないのである。物語は紆余曲折あった末に、路子は嫁に行く。娘のいない家で父はひとり寂しさを覚える。かつて家族と食べた秋刀魚の味が思い出されているのかもしれない。

『秋刀魚の味』は 1962年11月18日に公開され、小津安二郎は翌年の 1963年12月12日。自身の誕生日に悪性腫瘍が原因で亡くなった。病床でも次回作の企画を考えていたというから、小津もまさかこれが遺作になるとは思っていなかったのだろう。映画『秋刀魚の味』は毎日の食卓のように、いつもそこにあり続ける。

参考文献/貴田庄『小津安二郎の食卓』(2000 年発行、芳賀書店)

ものがたり情報

『秋刀魚の味』
好評発売中
価格 3.080 円(税込)
発売販売元:松竹
©1962 松竹株式会社