海のレシピ project

Happo

地域で愛されるハタハタの未来

[秋田県 八峰町]

2022.10.14 UP

「秋田名物八森ハタハタ…」から始まる秋田音頭でおなじみの、ハタハタ。北海道沿岸や日本海に生息している魚だ。現在、秋田音頭に登場する八森町は合併して、八峰町となっている。今年の夏、新宿にオープンした書店「SAKANA BOOKS」で写真絵本『ハタハタ 荒海にかがやく命』に出会い、ハタハタの魅力と、禁漁からの回復と現状を知った。TOPICSでは魚や海好きが情報交換できる新しく誕生した書店の紹介を、そして秋田で愛されるハタハタの物語から、海の未来を見つめてみる。

ものがたり

『ハタハタ 荒海にかがやく命』

写真・文:高久至

「秋田のハタハタほど県民に愛されている魚をほかに知らない」
『ハタハタ 荒海にかがやく命』の著者、高久至氏はそう話す。

日本中の海を旅して魚と人のつながりを直に感じてきた著者が話すのだから、きっと何かが他とは異なるのだろう。人間が一魚種へ向ける深い愛とはいったいどのような愛なのか。ハタハタはどうして秋田県民を惹きつけて離さないのか。その理由に迫るべく、この写真絵本に手をのばす。

過去には2万トンを超えた漁獲量が水温の変化や産卵場所の減少により71トンまで激減。秋田県の県魚・ハタハタを途絶えさせるわけにはいかないと漁獲量回復のため、3年間の自主的禁漁を行ない大きな注目を集めた。一度はハタハタの生命力の強さで漁獲量が回復したものの、近年ではまた減っている。

「ハタハタ」ときいて、秋田県民ではない読者はどのようなイメージを膨らませるだろうか。
居酒屋で出てくる干物しか知らない……という方も多いかもしれない。そういった方にこそ、当書が届くことを願っているのだが、まずは表紙を開いてすぐに現れる一匹のハタハタの美しさを堪能し、撫でるようにその体のつくりを観察してみてほしい。

ヒョウ柄のような黒いまだら模様の背中に、ぽってりとしたお腹、つるんとして鱗はない。大きな丸い眼と上向きの口、それから透き通る大きな胸びれ。どこか不思議なバランスをした魚だとは思わないだろうか?

「砂に潜って体を守るから鱗はいらない。深海にとどまるから浮袋もいらない。その代わりに、光の少ない深海でもよく見える大きな眼と自分より上にいる獲物を食べるための上向きの口、そして、荒波に屈しない大きな胸びれをください」
そう願った魚なのかもしれない。機能的で美しくファンタスティックな構造をした体に興奮を覚える。

しかし、これはまだハタハタの神秘の一部に過ぎない。ページをめくり次に視界に飛び込んでくるのは、海藻からこぼれ落ち海底に転がるハタハタの卵だ。同じ魚種にも関わらず、お母さんハタハタが食べる餌によって、卵の色が変わると言われている。

濃い桃色、淡い黄色、青みがかった透明、うす緑色などそのバリエーションの豊かさと陽の光に照らされ海中でかがやく様子を見たら、誰もが魅了されるに違いない。ハタハタの魚体も銀色にかがやくが、サブタイトル「荒海にかがやく命」とはこの卵を意味していたのかと感動に包まれる。

さらに読み進め、ハタハタの産卵について知ればもう読者は後戻りできない。ホンダワラが茂り、あらゆる魚でにぎわう穏やかな夏の海に彼らの姿はない。ひんやり冷たい水を好むハタハタは、水深200~300メートルの深海にくらし、その時をじっと待つ。そして、雷鳴が轟く猛吹雪の秋田、厳しい冬の到来とともにハタハタは浅瀬を目指して命がけの航海に出るのだ。荒れ狂う浅瀬になぜ今行くのか?天敵となる魚も寄り付かない厳しい海をあえて選んで子を残すことが彼らの生き残りをかけた究極の術だと知る。

それまで一匹もいなかった海をハタハタが埋め尽くす。荒波にのまれて沈まぬよう大きな胸びれを一生懸命にはためかせパートナーと産卵場所を探すその光景は、一度見たら決して忘れることはできない。海藻が拠り所となり、荒波が酸素を行き渡らせる。ハタハタの子は秋田の海が育てるのだ。

持続可能な漁業の重要性と未来の豊かな海への祈り、しなやかで逞しい守るべきハタハタの生き様が多くの人に届きますように。

ものがたり情報

『ハタハタ 荒海にかがやく命』(あかね書房)
写真・文:高久至
出版年:2021年

文:浦上宥海
写真:高村瑞穂