地域で愛されるハタハタの未来
[秋田県 八峰町]
2022.10.11 UP
「秋田名物八森ハタハタ…」から始まる秋田音頭でおなじみの、ハタハタ。北海道沿岸や日本海に生息している魚だ。現在、秋田音頭に登場する八森町は合併して、八峰町となっている。今年の夏、新宿にオープンした書店「SAKANA BOOKS」で写真絵本『ハタハタ 荒海にかがやく命』に出会い、ハタハタの魅力と、禁漁からの回復と現状を知った。TOPICSでは魚や海好きが情報交換できる新しく誕生した書店の紹介を、そして秋田で愛されるハタハタの物語から、海の未来を見つめてみる。
トピックス
全国の釣りファンなら知らない人はいない釣り専門新聞、「週刊つりニュース」。その版元がこの夏、魚に特化した書店をオープンしたという。場所は新宿区にある本社ビルの中と聞き、訪ねてみた。
都営地下鉄新宿線の曙橋と、東京メトロ四谷三丁目駅の中間地点。2駅を結ぶ通りから住宅街の路地を少し入ると、「週刊つりニュース」の社屋が現れる。タブロイド紙のトップを飾る、釣果を手にした釣り人のエネルギッシュな写真からは想像できない、静かでモダンな佇まい。その入口からフロア奥の「釣り文化資料館」につながるエントランススペースを活用して開設されたのが、「SAKANA BOOKS(サカナブックス)」だ。
この日は、水族館写真家として知られる銀鏡(しろみ)つかさ氏の初の著書『日本の美しい水族館』刊行記念パネル展の会期中。店内の壁はギャラリーさながら、幻想的な写真で飾られていた。書棚には、図鑑や研究書、絵本、小説、料理本、ガイドブックなど、魚にまつわる様々なジャンルの本とともに、魚をモチーフとした雑貨や文房具も並ぶ。
それらをセレクトして仕入れ、愛情を込めた手書きのポップを添えて紹介しているのが、SAKANA BOOKS担当の浦上宥海さんだ。「浦」に「海」、名前に2つも水に関わる言葉を持つ人が魚の本屋さんをやっているなんて!
SAKANA BOOKS担当の浦上宥海さん
「大の『海好き』の両親からもらった名前です。父はしょっちゅう釣りに出かけていたので、本業は漁師なんじゃないかと疑っていたくらい(笑)。家族では食べきれないほど大きなかじきまぐろをトローリングで釣ってきたり、山ほどのキスをさばいて天ぷらにしたり。おかげで私も魚好きに育ったんですね」
魚は見るのも、釣るのも、食べるのも好き。海の魚も、川の魚も好き。魚だけではなく、海に暮らす生き物すべてに興味があり、時間が許す限り、全国各地の海や川、水族館に足を運んでいるという。
「去年の夏は、知床半島でサクラマスの遡上を見て、とっても感動しました。ちょうど自分の仕事について考えていた時期で……。そのサクラマスを見て、魚に関する仕事をしたい、魚を守りたいという使命感のようなものを感じました」
そして見つけたのが、SAKANA BOOKSの求人情報。
「条件は『魚と本が好きな人』。まさに『これって私のこと?』って、運命を感じて応募したんです」
浦上さんのような「魚好き女子」は、世間に一定数存在するものの、集い話せる場所はあまりない。そんな一抹の寂しさを抱えてきた浦上さんは今、SAKANA BOOKSの立ち上げに関わり、文字通り水を得た魚のように「好き」を生かしたアイデアを次々と形にしている。海岸に打ち上げられる海洋プラスチックごみを原料にした小皿、魚の絵付が施された九谷焼の食器、廃盤海図からつくられたレターセット、珍しい魚革の財布……。書籍とともに並べられた雑貨類は、海に関連しているというだけでなくデザイン性にも優れたものばかり。
アップサイクルブランド「buøy-ブイ」による海洋プラスチックごみで作られたトレイやお皿、コースター。裏には原料採取地が貼られている。
富山県氷見市を拠点にしているフィッシュレザーブランド「tototo」。捨てられてしまう魚の革を使って丈夫でしなやかなカードケースやお財布などの商品を開発している。
そしてこの書店の中でも老若男女の魚ファンに喜ばれているのが、全国の水族館のパンフレットを集めたコーナーだ。それぞれの水族館のどこが見どころでどんな生き物がいるかを楽しげに説明できる、浦上さんだからこその企画だ。
「日本には魅力的な水族館がいっぱいあるんですよ! アザラシや魚たちだけじゃなくて、プランクトンなどの小さな生き物も本当に可愛いし面白いので、ぜひ注目してほしいです」
ここは東京の中心地・新宿区とはいっても、近くに商業施設もない昔ながらの住宅街。たまたま通りかかって、という人は少なく、SNSなどでうわさを聞きつけ「わざわざ」足を運んでくれるお客さんばかりだ。鮮魚店や寿司店で働いていると思しき若者、水産関係の進路を模索中の高校生、ととけん(日本さかな検定)の挑戦者。学校の夏休み期間中は、子供たちであふれていたという。
「お父さんが釣りの本、お母さんがレシピ本、お子さんが絵本、それぞれが欲しい本を手にして嬉しそうにしている家族を見られて、私まで嬉しくなって(笑)。『これを仕事と言っていいの?』と思うくらい楽しいです」と、浦上さん。
「『ここに来れば』という期待に応えるためにも、専門書も揃えたいし、『推し』の生き物の本がなかったら悲しくなってしまうと思うので、プランクトンから大きな哺乳類まであらゆる水生生物の本を網羅したいです。社長からは『SAKANA BOOKSって店名だから、あまり範囲を広げすぎるのはどうかな……』と言われていますが、少しずつ魚以外の本も増やしています(笑)」
「海のレシピプロジェクト」の読者の為に選んでくれたおすすめの本3冊。『ハタハタ 荒海にかがやく命』(文・写真:高久至/あかね書房)は「ものがたり」で紹介する。
最後に、SAKANA BOOKSをこれからどんな書店に育てていきたいか、オープニングから尽力して来たスタッフとしての目標を聞いてみた。
「本屋さんという枠組みを超えた本屋さん……。いろいろな人がフラッと自然体で立ち寄れる『居場所』になれたらいいな、と思っています」
日本中のあちこちに、海や川、そしてそこに生きる命に魅せられている人たちがいる。その「好き」を誰かと分かち合いたいと欲している。そんな人たちが静かに訪れては、胸を熱くして帰っていく小さな書店。まっさらな心でやって来る子どもたちはお気に入りの生き物に出合い、地球の自然環境への関心を深めてくれるに違いない。
SAKANA BOOKSの未来を想像するのは、楽しい。
お話を伺ったひと
浦上宥海(うらかみうみ)さん
株式会社週刊つりニュースが運営するSAKANA BOOKSのスタッフ。社長と共に選書と仕入れに携わるほか、店内の書籍、展示、商品の案内を担当している。
インフォメーション
SAKANA BOOKS
魚の図鑑や専門書のほか、魚が登場する小説、絵本、魚や海の環境にまつわる新書、フリーペーパーなど幅広いジャンルの書物を取り扱うコンセプト書店。展示会やイベントなども企画中。営業状況についてはTwitter公式アカウントで確認を。
住所:東京都新宿区愛住町18-7(株式会社週刊つりニュース1階)
営業時間:12:00~17:30(木・金曜日定休、臨時休業もあり)
釣り文化資料館(SAKANA BOOKS併設)
株式会社週刊つりニュース創設者・船津重人氏が自らが収集してきた各種和竿、魚籠、書籍などをはじめ、全国から寄贈された多数の伝統的釣具を展示している。営業日・開館時間及び定休日はSAKANA BOOKSに準ずる。
文:奈良結子
写真:高村瑞穂