海のレシピ project

Susaki

初物カツオ、男の“粋き”ざま

[高知県 須崎市]

2021.10.01 UP

料理をする文豪の表現力は、読む人の空腹感を一気に呼び起こす。料理名人の文豪としても知られる檀一雄は、料理エッセイ『壇流クッキング』で自らの初鰹への好奇心を江戸っ子の初物好きになぞらえた。粋な江戸っ子たちがこぞって求めた初鰹。土佐のカツオ漁師たちに愛される戻り鰹。日本と関わりの深い魚“カツオ”を、今こそ味わい尽くしたい。

ものがたり

『檀流クッキング』

檀一雄

「自分の食べるものは、自分でつくって食べる」という、檀一雄。

「男子厨房に入らず」という言葉はもはや遠くに去ったようだ。自分のため、家族や友人のため、そして趣味として、男性が台所で腕を振るうことはいまや珍しいことではない。小説家の檀一雄(1912〜1976年)は、明治45年(大正元年)の生まれながら、進んで厨房に立っていた人で、料理に関する著書も多い。中でも『檀流クッキング』(1970年)はその代表作で、文壇随一の料理人という呼び名にふさわしく、92ものメニューについて書かれた極上エッセイ。壇の自己流レシピや、料理との思い出について、軽快にユーモラスに書かれている。

その『壇流クッキング』の最初のメニューに選ばれたのが、「カツオのたたき」である。
<第一番目に、カツオのたたきを選んだのは、やっぱり日本人として、日本の好季節の、一番痛快な、食べ物にしたかったからだ。>
初物を食べるのが粋とされた時代の江戸っ子は、着物を質入れしてまでも初鰹を食べたがったというエピソードを交え、カツオへの期待値を高めていく。

この時代の男性にしては珍しく壇が料理好きとなった理由は、この本のまえがきに書かれている。9歳のときに母が家出。教師である父は一切家事ができなかったという。下には三人の幼い妹がいたため、<私が一切買い出し、私が一切、料理をやる以外になかったのである。>と述べている。その後、世界の放浪が趣味となった壇は、ロシアや中国、韓国など行く先々でその土地の料理を堪能した。各国の料理を絶賛する描写もまた楽しい。

「豪快な高知のサワチ料理」

「カツオのたたき」について壇が、<カツオのたたきは高知の豪快なサワチ料理の一部である。>と書いているが、サワチ料理とは「皿鉢料理」と書く、高知の伝統的な食文化だ。大きな皿に、鮨や刺し身、揚げ物も煮物も、さらにはデザートまでを全部一皿に載せてしまう様式のこと。大きな皿の中には、「カツオのたたき」が必ず乗っていると言っていいだろう。

高知の漁師はカツオの刺身をあまり厚く切らないそうだが、料理好きの壇は、なんと<三センチぐらいの厚さにブッタ切る。>そうだ。たくさんの薬味と共にカツオを食べた檀一雄。文豪の食べ方は意外にも豪快そのものだった。

ものがたり情報

『檀流クッキング』檀一雄(サンケイ新聞出版局)
出版年:1970年

『檀流クッキング』檀一雄(中公文庫)
出版年:2002年

写真:高村瑞穂