海のレシピ project

Hawaii

恵みを与えてくれる海

[ハワイ]

2022.08.09 UP

ハワイの伝統航海カヌー「ホクレア」の日本人初クルーとして航海に参加している内野加奈子さん。ひとたび航海に出れば、長い期間、海の上で星や風など自然のサインを観察し、役割を果たしながら船の上で生活する毎日だ。ハワイ大学でサンゴの研究にも携わった内野さんに、著書の絵本のこと、海の上での経験や今後の挑戦について伺った。

トピックス

航海とは、新しい世界を見せてくれるところ

伝統航海カヌー「ホクレア」クルー・内野加奈子さん

飛行機にのれば、世界のどこにでも行ける現代に、エンジンも計器も使わず、星や太陽、波、風をたよりに航海するカヌーがある。ポリネシアの伝統航海カヌー「ホクレア」(※)だ。古代ポリネシア人らが太平洋を航海し、ハワイやほかの島々に渡ったことを再現するため、1975年にこのカヌーが建造された。全長約20メートルの船体を2つ並行につなげた双胴船。2本のマストに帆が装備されている。

(※)ホクレアは、うしかい座の一等星アークトゥルスを意味するハワイ語で、この星が、ハワイの真上を通過することから、特別な意味をもつという。

そのホクレアに、東京都生まれの内野加奈子さんは、日本人初のクルーとして航海に参加している。ちょうど、ハワイからタヒチへの往復8,000kmの航海から戻ってきたところだという内野さんに、航海の様子を伺った。

「何度、航海に出ても、いつも想像を超える大海原の広大さに圧倒されるんです」(内野さん、以下同)

同乗するクルーは10人で、2つもしくは3つのグループに分かれ、交代で舵を取る。最近は自然への理解も深まり、舵をとらずにセーリングすることも試みるという。風の力をどのように使って、帆の形をどう整え、自分たちの進みたい方向にカヌーを進ませるかを常に考えながら行動する。舵取りのほか、食事の支度、洗濯、記録とりなど、時間ごとに受け持つ担当が決められる。自然の状況により、それらの仕事が忙しくなったり、余裕ができたりと、変化も激しいそうだ。

「たとえば、四方を嵐に囲まれたら、帆をたたむとか、進む方向を変えるとか、選択肢はいろいろあるので、冷静に一つ一つ対処していきます。私の場合は、海への信頼がすごく強く、海に出るときは、海に委ねるという感覚があります。あのときは怖かった、と思い返すことはありますが、嵐も大雨もプロセスの一部として受け入れています」

どこまでも続く一面の海でも、波のうねりも表情は常に変化している。同じ海景が続くことはない。

「今回のタヒチへの航海では、毎日必ず何かしらの海の生き物に遭遇するという経験をしました。数え切れないくらいのイルカの大群に囲まれたり、くるはずのない海鳥が飛んできたり。ずっと見たいと思っていた夜のイルカの姿も、今回の航海で見ることができました。刺激を与えると光る夜光虫が、イルカが動いたところで光るのです。淡い光なので、最初はよくわからなかったのですが、目をこらしているとイルカの形が見えてきて。カヌーの周りを縦横無尽にぐるぐる回っているのを見ることができました。毎日、小さなドラマがあり、そこにいなければ見ることができないことを見せてもらっています」

「食事もとても充実していて、カヌーに積み込んでいた野菜(タマネギ、カボチャ、キャベツ)や果物(レモン、オレンジ、リンゴ)、乾物のほか、航海中は、ルアーでカツオやマグロが釣れ、サワラやシーラもとれたので、調理して食べました。タヒチ料理で代表的なポワソン・クリュ(魚の切り身をライムとココナツミルクで和えたもの)とか、揚げたり煮たり。ちらし寿司をつくったら絶賛されました!」

タヒチからハワイへの航海は、もともとポリネシアの人たちが古代に渡っていた海の道といわれるルート。

「すでにそこに島があるということを知り、そこに向かっていく現代人とは異なり、古代の人たちは、確証のないまま、カヌーを進めていたことを思うと、自然の見方、かかわり方、世界の見方も今とは違っていたのだろうと思いますね」

航海術師(星を読み、カヌーの進行の決断をする役割をもつ)は、何百、何千という自然のサインを観察し、毎日、朝と夕方に、自分たちがどこに向かっていくかを決断する。航海術は、星の知識、スター・コンパス(海の上にいる自分自身が巨大なコンパスの中心となり、水平線のどこから星や太陽が昇り、沈んでいくのかがコンパスの目盛りになる)、地球とほかの天体との位置関係、天候のほか、どういうしくみで風が吹くのか、季節による変化、波のうねり、海流のようすなど、学ばなければいけないことはたくさんある。

島1点を目指すのは難しいのでターゲットを広げることも大切なポイントとなる。たとえば、ある海鳥が朝でてきて、夕方帰る場合、どれくらい先まで帰り、別の海鳥は、海上で暮らしているなどを知っていることにより、島とともに海鳥の生息範囲を把握できるようになる。そこで、自分たちが、目的地から少なくても100キロか、200キロ圏内かということまでわかってくる。

これは、航海術に関する専門的な知識ではあるが、ちょっと視点を変えると、私たちの日常生活に引き寄せて考えるヒントになるかもしれない(たとえば、これがゴールと思ってたどり着けないより、その周辺をとらえ、そこまで近づいているととらえることができる)。

「海と空しかないところから、なんとかサインを読み取ろうと、自分の感覚を全部開いているときは、本来、人間がもっている五感を開いている状態だと思うんですけど、その状態で街にくると情報量が多すぎて、疲れちゃうと思います。

都市で生活していくには、無意識のうちにその感覚を閉じている部分があるのでしょう。ただ、閉じたままだと人間として本来もっている感覚も閉じてしまう。意識的に開いたり閉じたりできるといいのかなと思います。都市で生活するためには閉じることも必要だし、ひとり空を見上げて過ごす時間にちょっと感覚を開くとか、ふとしたときに風を感じて、その向こうに何があるのかって思いを巡らせてみるとか。そういうことならできるのかな。

私自身、海の上で感じた感覚を日々の生活の中で思い出すようにしたい。感覚を使って周りを感じていると意識する時間をもつようにすればいいのかなとも思います。

どうやったら自然の中で感じることを日々の生活の中で生かせるのだろうっていうのは、これからも向き合い続けていきたいテーマです」

ホクレアは、2023年から2027年の間、太平洋を一巡する環太平洋航海を行う。ハワイを出航し、アラスカ、アメリカ大陸を経て、オセアニア、さらに日本へも寄港する計画だ。

「伝統航海カヌー ホクレア情報サイト」より
2023~2027 環太平洋航海

初航海から50周年を迎える2026年を目指し、「ホクレア」と姉妹カヌー「ヒキアナリア」が 2023年から2027年の間、太平洋を一巡する環太平洋航海を行う。ハワイを出航して北米アラスカを目指し、アメリカ大陸沿岸、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリア、太平洋諸島、さらに北上して日本へも寄港する計画。(上記Webサイトより)

恵みを与えてくれている海、自分たちの命の源、地球というシステムそのものをつくっている海という意味も込めて、モアナヌイアケア(壮大なる海)といい、太平洋を一巡することで海と人との関係を新しく創造していくきっかけにすることを目指す。

「太平洋そのものに特別な思いがあります。太平洋のなかに属する一部としての日本と向き合えること、世界中で海に対していろんなアクションをしている人たちとつながりができること、海を通じた新たな人のつながりが生まれていくことはすごく楽しみ」

勉強しても、体験しても、同じことはなく、むしろ、こんなに知らないんだということを思い知らされる。

「海が人間の生命を支えているという感覚をたくさんの人が持つきっかけづくりができたらと思っています」



写真:内野加奈子

お話を伺ったひと

内野加奈子さん(ハワイ伝統航海カヌー「ホクレア」クルー)

海図やコンパスを使うことなく、星や波など自然を読み航海する伝統航海カヌー「ホクレア」日本人初クルー。歴史的航海となったハワイ―日本航海の他、数多くの航海に参加。
ハワイ大学で海洋学を学び、ハワイ州立海洋研究所にてサンゴ礁生態の研究に従事。自然と人の関わりをテーマにした執筆活動、絵本制作を手掛ける傍ら、日米の教育機関と連携して、自然をベースにした学びの場づくりにも取り組む。慶応義塾大学SFC卒。土佐山アカデミー理事。著書『ホクレア 星が教えてくれる道』(小学館)は文科省認定高校教科書に採録。他、海の絵本シリーズ『星と海と旅するカヌー』『サンゴの海のひみつ』『雨つぶくんの大冒険』(きみどり工房)など制作出版。

インフォメーション

展覧会『海の森、海のいま ―海のレシピプロジェクトと新たな航海のはじまり』(東京・表参道スパイラルガーデン)にて、2022年8月12日(金)18:30~20:00に内野加奈子さんのトークショーを開催。申し込みはこちら