矢印に向かう、スルメイカの航路
[沖縄県 西原町]
2021.10.20 UP
「やぎさん ゆうびん」「ぞうさん」など誰もが知る童謡を作詞したことでも知られる、詩人まど・みちお。身近な生きもの、植物、モノから宇宙まで、この世にあるすべての命への尊敬の念をを詩に書いてきた。1969年に発表された「するめ」は、人間の手によってするめになってしまったスルメイカを詠んだ、わずか28文字の詩。他の命の犠牲の上に私たちは生きているのだという、まど・みちおからの小さなメッセージだ。
ものがたり
たった28字のこの詩に、詩人の生き方が詰まっている。生き方を28字に込めることができる人の詩、と言ってもいい。詩人まど・みちお(1909〜2014)の名作の一篇である「するめ」。するめとなったスルメイカへの観察眼、命の尊重。このような視点はどのように作られていったのだろうか。
まど・みちおは幼い頃に家族と共に台湾に渡り、台湾で10〜20代の時期を過ごした。雑誌の童謡募集に応募したところ北原白秋の目に止まり、詩や童謡を書くようになる。結婚、戦争を経て、終戦後は出版社に入社。子ども向けの絵を描きながら、同時に詩や童謡を発表していた。1952年、作詞した「ぞうさん」(作曲/團伊玖磨)がNHKで初放送され広く知られるように。1959年の退社後は創作に専念。詩のほとんどがひらがなのみで書かれており、世代を超えて多くの人の心に深く優しく染み込んでいく詩を数多く生み出した。
代表作である「やぎさん ゆうびん」について、まどはこう語っている。
<あの詩もね、どう読んでくださってもいいんです。(中略)ただ、「食いしんぼうの歌」と思ってくださると、うれしい気はします。生きものにとって、食べることは本質。すべての生物が、あの白ヤギと黒ヤギのように無限に食いしんぼうだと思うんです。なのに私たち人間は、自分が食いしんぼうなのは心得ていても、となりの人やほかの生きものもそうだっちゅうことは忘れてしまう。それをちゃんと覚えておったら、この世の中はずいぶんよくなると思うんだけれど……。>
(まど・みちお『いわずにおれない』(集英社be文庫)より)
「するめ」に登場するするめは人間によって加工され、スルメイカからするめになったのだろう。体が固くなり矢印のようになっても、海を回遊していた日々を忘れていない。私たち人間はスルメイカを食べ、スルメイカもまた小魚やプランクトンを食べている。隣の人も何かを食べて生きている。そう考えることができれば、誰かを気遣う気持ちも忘れないでいられるのに……。そんな思いをまどは高らかには叫ばない。詩の中に思う存分込めるのだ。
すべての命は他の命を犠牲にして成り立っている。そのことを忘れずに生き、詩を書き続けたまど・みちお。かの詩人にとっての詩とは、命の存在の証しなのだ。
「するめ」初出/『日本児童文学』1969年1月号 日本児童文学者協会
ものがたり情報
『まど・みちお詩集』(岩波文庫)谷川俊太郎編、まどみちお作
出版年:2017年
写真:高村瑞穂