海のレシピ project

Nishihara

矢印に向かう、スルメイカの航路

[沖縄県 西原町]

2021.10.20 UP

「やぎさん ゆうびん」「ぞうさん」など誰もが知る童謡を作詞したことでも知られる、詩人まど・みちお。身近な生きもの、植物、モノから宇宙まで、この世にあるすべての命への尊敬の念をを詩に書いてきた。1969年に発表された「するめ」は、人間の手によってするめになってしまったスルメイカを詠んだ、わずか28文字の詩。他の命の犠牲の上に私たちは生きているのだという、まど・みちおからの小さなメッセージだ。

トピックス

知性で生き抜くスルメイカに学ぶ

琉球大学理学部教授 池田譲さん

ここ日本ではなじみ深い、スルメイカ。成長すると30cmほどになり、10本の腕と大きな目、そしてヒレを持つ。詩人まど・みちおはスルメイカのヒレを矢印に例えたが、スルメイカとはどのような生態なのだろうか。北海道大学大学院でイカと出会い、現在は琉球大学でイカやタコなど頭足類の行動学研究を続けている池田譲教授にスルメイカについて話を伺ったところ、まど・みちおの詩にシンパシーを感じたことを教えてくれた。

現在地球上に生息するイカは約450種類。そのうち日本近海にいるのは100種類ほどだ(食用にならない種類も含む)。スルメイカは一回の産卵で10万〜20万個の卵を産むが、孵化したイカはわずか1mmほど。幼体のスルメイカは成体と比べると腕などはまだ短いが、すでにイカらしい形状をしているのが特徴だ。生まれたばかりの頃は自分で泳ぐことができない、プランクトンのような状態。海流に運ばれて移動していく。太平洋側なら黒潮に、日本海側なら対馬暖流。それぞれの暖流に乗って、北に向かい流れていく。

池田教授は、スルメイカが所属するイカという動物の注目すべきポイントを3点あげる。
「1点目は体色変化をすることです。海底の模様や海藻に化けたりという擬態をすることがあります。さらには同じ種類の個体同士でコミュニケーションを取るときに体色を変えるようですね。人間のような言葉とまでは行かなくとも、喜怒哀楽のようなものは伝えあっている気がします。2点目は学習能力の高さ。人間と同じような構造の目を持っており、視野が広い。体に対して脳も大きいです。ただ同じ頭足類でもタコのほうが多く研究されてはいるのですが、イカも図形を見分けたりはできますね。3点目は、大きな群れを作ること。それなりに機能性のある群れを作っているようです」

大きな目と高い知性を持つ脳。それらを持ち合わせながら、イカは子育てをしない。次の世代に何かを伝えないという生き方は、まだ謎が多いという。
「イカは軟体動物ですが貝のような殻を持っていません。防衛力がすごく低いんですよね。だから脳を巨大化し目を発達させ、何かに化けたりと知性でなんとか生き抜くという戦略を取ったのではないでしょうか」(池田教授)

最後に池田教授に、まど・みちおの詩に感じたシンパシーの理由を教えてもらった。
「まどさんの真意はわからないですが……。スルメイカが矢印の形をしていることに着眼され、体で方向を示していると思われていたことに驚いたのです。スルメイカって基本的には菱形のヒレ、いわゆる矢印の方向に向かって泳いでいくんですよね。餌を捕食するときは腕を前に泳ぐこともありますが。私も『まるで矢印という概念をわかっているみたいだな』とふと思ったことがあったので、まどさんがすでに詩で表現されていたと知り、とても驚かされました(笑)」

スルメイカの漁獲高は年々減少の一途をたどっている。いつか身近な食材ではなくなってしまうかもしれない。しかし池田教授はイカやタコを研究することで、その成果を人間社会に還元できたらという願いを抱いている。大きな脳と目を持ち、社会性を持ち合わせているスルメイカ。学ぶべきところはきっとたくさんある。

お話を伺ったひと

池田譲さん(琉球大学理学部教授)
1964年、大阪府生まれ。北海道大学大学院水産学研究科博士課程修了。スタンフォード大学、京都大学、理化学研究所などを経て琉球大学理学部教授。頭足類の社会性とコミュニケーション、自然誌、飼育学を研究。著書に『イカの心を探る–知の世界に生きる海の霊長類』(NHK books)、『タコの知性–その感覚と思考』(朝日新書)、『タコは海のスーパーインテリジェンス–海底の賢者が見せる驚異の知性』(DOJIN選書)など。