海苔には旬がある
[福岡県 柳川市]
2022.05.07 UP
和食が好きな人にとって、海苔とごはんは最高の組み合わせ。ほかほかの温かいごはんもおいしいけれど、冷めたときに味がなじんでさらにおいしくなるのが海苔弁だ。食をテーマにした平松洋子の80以上ものエッセイを収録した単行本のタイトルが『ひさしぶりの海苔弁』であることからも、海苔弁の奥深さがうかがえる。そもそも海苔はどのようにしてできるのか、おいしい海苔ができる様子を知りたくて、海苔養殖の主要産地、有明海に向かった。
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福岡空港から南に1時間ほど車を走らせたところにある、福岡県柳川市。柳川藩の城下町として栄え、今も城の掘割が市内に残る。風情ある町並みを眺めながらの川下りや名物の鰻料理などを目当てに訪れる観光客も多い。市内に流れる筑後川と矢部川が向かう先は、有明海。有明海での漁業といえば、海苔の養殖だ。柳川の皿垣開漁業協同組合(以下、皿垣漁協)の組合長である松藤正勝さんは、自身も海苔漁師。海苔漁のシーズンが終わりに近づく3月、松藤さんの漁船で漁場に案内してもらった。
日本の食事に欠かせない海苔だが、一体どのように作られているのかをまず知っておきたい。海苔の葉体から放出されたオス・メスの胞子が受精すると、果胞子=海苔のタネが生まれる。漁師たちはそのタネを牡蠣の殻に植え付ける。牡蠣殻に潜り込んだタネは、殻の石灰質を溶かして成長し、3ヶ月ほどで牡蠣殻いっぱいに育つ。
皿垣漁協の理事でもある西田典広さんは、この海苔のタネを自宅で培養している漁師だ。自宅の一室が西田さんの研究室。毎年育った海苔から胞子を抽出してビーカーに保管し、育てたタネは皿垣漁協の海苔漁師仲間たちに分配している。タネを販売する会社もあるが、西田さんはタネを仲間内に無償で分けている。皿垣漁協のため、引いては有明海苔のためだという。
「丁寧に育てているから、西田さんのタネは品質がいい。ちゃんと管理しないとタネはマリモのように丸まってしまうけれど、ここのタネはしっかり広がっているからね。太陽の光を浴びて、元気に育ってくれるんですよ」(松藤さん)
海水の温度が下がる9月半ば〜10月上旬、育ったタネで真っ黒になった牡蠣殻は、手作業で海苔漁の網に吊るされる。船で海に出て、いざその網を漁場に広げると、タネは水流によって網いっぱいに広がっていく。台風などの悪天候や水温によってタネがうまく広がらないないこともあるから、海上に出るタイミング決めも真剣勝負だ。
有明海では11月中旬から海苔の収穫が始まる。最初は20〜25枚ほどに網を重ね、芽が育つと網の枚数を徐々に減らしていく。そして、大半の網は大型冷凍庫で冷凍保存。以降は、収穫と冷凍網の交換を翌年の3月ごろまで繰り返す。陸揚げされた海苔は、松藤さんや西田さんがそれぞれ持つ加工場へ。ゴミを取り除いた海苔を細かく切断した後、和紙のように抄き上げていく。脱水乾燥を行い、束にして出荷される。
近年、海苔の色落ちが海苔漁師たちを悩ませている。生育しても海苔らしい漆黒の色にならず、黄色になってしまうのだ。その一因として、漁場に流れ込む川の水の栄養分が少ないことが考えられている。山や森の減少、陸地の埋め立てなど様々な原因が複合化している可能性もある。海産物に起こっている事象は、海だけの問題ではない。
柳川市内にある成清海苔店。店主の成清忠さんは、有明海で採られた海苔の秋芽の一番摘みだけを仕入れ、焼海苔や味付け海苔として加工、販売している。秋芽の一番摘みとは、文字通りその年の一番最初に収穫された海苔のこと。父から店を引き継いだ成清さんだが、秋芽の一番摘みだけを使うというこだわりは先代からのポリシーだという。
「秋芽一番摘みの海苔は、基本的には、酸処理を行わない決まりになっています。海苔の病気を防ぐための酸処理ですが、環境に負荷がかかるとも言われているので、僕はより自然に近い形でできた海苔が一番いいと思うんです」(成清さん)
各漁協が生産した海苔は、福岡県内にある13の漁協が集まって開かれる、海苔の入札会に出品される。全国から海苔業者が集まり、海苔の出来を直接見て入札する。入札会は年に10回行われるが、秋芽の一番摘みだけを仕入れたい成清海苔店にとっては、年に一度の勝負のときだ。
「入札会が近づくと気持ちがピリピリしてしまい、妻も僕に近づかないほどです(笑)。入札がうまくいけば、1年の仕事は終わったようなものなんですけどね」(成清さん)。
成清さんは、中でも皿垣漁協の海苔をひいきにしている。
「松藤さんたち皿垣漁協の海苔漁師は、よそと比べて早い段階で収穫します。若い芽なのでやわらかい。そして加工の段階でかなり細かく裁断します。粗く裁断するほうが艶が出るので見た目はよくなるんですが、皿垣漁協さんはあえて細かくしているんです。その上で、海苔一枚あたりの重量を重く、厚くする。そうしてできた海苔は歯切れがサクッとして、口に入れると溶けるようにまろやか。すごく手間がかかるんですが、それでも努力を惜しまずにおいしい海苔を作ろうとしているんですよね」(成清さん)
成清さんと松藤組合長は同世代。平均年齢の高い漁業の世界で、常識を超えた挑戦をする松藤さんの姿勢も、成清さんは応援しているという。
「入札式ですから、必ずしも皿垣漁協の海苔を仕入れられるとは限りません。でも皿垣漁協のみなさんは普段から漁場の様子を見せてくれますし、聞けばなんでも教えてくれる。僕も松藤さんの要望にはできる限り応えたい。持ちつ持たれつの関係で、この海苔の品質をさらに高めていきたいですね」
お話を伺ったひと
成清海苔店
成清忠さん 成清千賀さん
<お店情報>
成清海苔店
http://www.narikiyonori.net/
〒832-0058福岡県柳川市福岡県柳川市上宮永町32-10
営業時間:9時〜16時
電話番号:0944-75-6400
高山幹太さん
松藤正勝さん
西田典広さん
写真:高村瑞穂