アイゴの干物を食卓に
[津久見市/佐伯市]
2022.11.01 UP
磯焼けの原因のひとつとも言われる海藻を食べる魚・アイゴをおいしく食べて豊かな海の未来へつなげる「♯アイゴプロジェクト」の第二段は、大分県の老舗水産加工会社「やまろ渡邉」と共に進めている「豊後水道のアイゴ一夜干し」の商品化。いつか、アイゴも食卓の選択肢になるように、販売に向けての想いやアイゴの干物を使ったレシピを紹介する。
ものがたり
アイゴは全国の岩礁地帯に生息する魚だが、「#アイゴプロジェクト」第二段で商品化を実現した一夜干しは、大分県佐伯市の鶴見地区で水揚げされたアイゴで作られている。九州と四国を分ける豊後水道沿岸に位置し、暖流の漁場に恵まれたこの地域では、どのような食文化が育まれてきたのだろう。
『聞き書 大分の食事』が刊行されたのは、今から30年前の1992年。大正の終わりから昭和の初めの食文化について聞き書きをしたものだが、文章表現には過去形を用いず、旧・鶴見町(現・佐伯市)の有明浦に暮らす人々の食生活が現在形でいきいきと記されている。
例えば、佐伯湾に面する鮪浦(しびうら)の漁業についての一節には、
<鮪浦はよい浜に恵まれ、浜が庭であり、広場であり、仕事場でもあり、地区民のふれあいの場でもある。波打ぎわで干潮のときとれる海草や貝類、岩場でとれる魚介類などが季節の香りとともに食卓をにぎわす。早春から初夏にかけての磯ものとりは、女たちにとっては楽しみな作業でもある>とある。
春の地引き網や夏の夜焚き網(船上で火を焚いて網に魚を集める漁法)など大掛かりな漁は網子の男衆が協力して行い、浜の女衆は獲れたイワシやダイチョウ(ヒイラギともいう平たい魚)をいりこ(煮干し)や唐人干し(丸干し)などに加工する作業に追われるが、
<いわし、だいちょうは、このほか、ひまをみてすり身にし、揚げたり、汁の実にして食べる。新鮮な小いわしの手開きづくり(刺身)は漁場ならではの味である>と書かれるように、働き手のまかない作りは、心浮き立つものだったのではないだろうか。女性たちが売り物の加工の合間に、おしゃべりに花を咲かせながらせっせと作る様子が目に浮かぶ。
漁の最盛期は秋。男衆は、船首と船尾に竹の棒を装着して網を張った船に乗り込み、四国の土佐まで出漁する。これを棒受網(ぼけあみ)漁という。
<漁がある間は船に寝泊まりし、かしき(料理人)のつくる男の料理を食べる。代表的なものにぼけ汁がある>との記述の「ぼけ汁」は、「棒受網」から名付けられた料理。酒と味噌で濃いめに味付けした魚介の汁物だ。
<新鮮な魚肉がはじけたぼけ汁の味は抜群で、豪快な海の男の料理である。魚はうるめいわしやむろあじ、さばなど、とれたてをほうりこむ。野菜はいも、ねぎのほか大根もあれば入れる。>
田んぼが殆どないこの地域では、さつまいもは大切なエネルギー源。ぼけ汁のさつまいもは魚を引き立てる具でもあり、主食がわりでもあったのだろう。
季節に合わせ、いろいろな漁法でいろいろな種類の魚が獲れる豊後水道。今も鶴見市場には、1日100種類を越える魚が集まってくる。獲れた魚を干物にするほか、すり身を丸めて揚げたり、胡麻や味噌と合わせて保存食とする食べ方は、この本に書かれた時代から連綿と受け継がれてきたものだ。今課題となっている「未利用魚」の活用のヒントも、海と共に生きてきた先人の暮らしから発掘できるのかもしれない。
ものがたり情報
『日本の食生活全集 44 聞き書 大分の食事』(農山漁村文化協会)
「日本の食生活全集 大分」編集委員会
代表:波多野道義/染矢多喜男、江後迪子、後藤佐代子、香嶋章子
出版年:1992年(第1刷発行)
文:奈良結子
写真:高村瑞穂