海のレシピ project

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海の循環がもたらす未利用魚の価値

[長崎県 五島市]

2021.10.09 UP

日本の沿岸各地では、古くから大漁の祝い歌や船こぎ歌など、漁にまつわる民謡が歌い継がれている。長崎の『五島ハイヤ節』もその一つで、この歌には独特の踊りが加わる。航海の安全と大漁・豊作祈願とされているが、漁で夫を亡くした妻が気を紛らわすために浜辺で踊ったのが始まりだそう。海の豊かさと怖さを知る地元の人たちはたくましい。最近では、“ 未利用魚 ” とされる魚種に付加価値をつけ、新たな循環をつくりだしている。

トピックス

五島の海の未来に向けて、今できること

金澤竜司さん(鮮魚店・金沢鮮魚代表)、谷川富隆さん(五島の椿株式会社)、株式会社浜口水産・濱口貴幸さん

青く澄んだ海、どこまでも続く青い空、緑豊かな山々。五島市のある福江島は、長崎県五島列島の南西端に位置し、列島を構成する島々の中で最も大きな島だ。奈良・平安時代(702-838年)には日本が唐に派遣していた遣唐使を乗せた船の寄港地であり、島内には歴史遺産も数多く残っている。五島列島周辺は、豊かな漁場に恵まれ、多種多様な魚が生息するこの海域で育つ海産物は上質で味がよいことでも知られてきた。しかしながら、ここ10年ぐらいの間に環境が急激に変化し、魚は捕れなくなり、海藻が減少する“磯焼け”が広がるとともに“未利用魚”と呼ばれ、流通には乗らない魚種が存在するようになってしまった。

未利用魚は利用魚。魚、本来の価値を高める。

金澤竜司さん(鮮魚店・金沢鮮魚代表)、谷川富隆さん(五島の椿株式会社)

「このままだと海の環境は、10年後にどうなっているかわからない。気候変動を止めることはできなくても、今、何かアクションを起こさなければ、五島の豊かな海を次世代につなげられないのです」
五島生まれの金澤竜司さん(鮮魚店・金沢鮮魚代表)は、五島の魚を見続けて約40年。磯焼けの原因をつくっているイスズミやアイゴ、ニザダイなど、海藻を食べてしまう魚や規格外のアジやトビウオなど、五島では未利用魚とされている魚を活用し、オリジナルの魚醤油『五島の醤』をつくり出し、販売している。
「ここまで来るのに5年。いろんな出会いやタイミングがいい方向に展開して、谷川さんとの出会いから、椿酵母につながりました」『五島の醤』は、”五島つばき酵母“を使い発酵させた魚醤で、魚のうま味は残しつつもクセのないフルーティーな香りが食をそそる。この酵母は谷川富隆さんが代表を務める五島の椿株式会社が商品展開している。五島にはヤブツバキが多く自生している。五島の椿株式会社は、独自の椿園をもち、椿の花や種子はもちろん、葉も含めた椿のすべてを活用するために研究を続けている。

「金澤さんって、いい意味でひとたらしなんですよね。心根がきれいだから、みんなついてくる。ずっと魚のことに一生懸命で、魚醤のことでもがんばっておられた。僕らが椿酵母を地域の特産として活用しようとしていたとき、魚醤にも使えることがわかって一緒に動き出したんです」という谷川さんも五島生まれ。高校を卒業後にいったん島を離れていたが、商工会議所の職員として、地元に赴任していたときに金澤さんと出会った。魚醤ができる前にすでにこの二人が出会うことでいい化学反応が起こっていたようだ。

一般的に魚醤は塩分濃度が高く(20-30%)、生魚を塩に漬け込んだらそのまま2年ぐらい放置して完成させる。五島の醤は塩分濃度10%の低塩分であることから、雑菌は生えやすくなるため室温35℃の中で、発酵状況をみながら、毎日1時間半ぐらい攪拌(かくはん)し、手間暇かけてつくられている。

「今はコロナ禍ということもあり、仕上げたい何百分の一の原材料しか使えていないことにものすごいジレンマがある。海のバランスを保つにはそのくらいいかないと。未利用魚と言われ、海の中の厄介者とされている魚を宝にしたい」と金澤さんが言うと、すかさず谷川さんは「金澤さんは自分だけが成功すればいいと思っているのではなく、僕らがここでうまくいくことで、五島には魚醤があるという地域の産業として根付くことを目指しているのです」と加えた。
水揚げして駆除するのは簡単かもしれないが続かない。価値あるもの、産業として循環させていかなければ未来はないと2人の熱のこもった話が続く。次のステージに向けて、フレッシュな生魚醤や5年熟成の魚醤油、つけ魚やぬか漬けの展開も試行中だという。

先代から引き継いだ、五島の未来

株式会社浜口水産・濱口貴幸さん

Soup Stock Tokyo が期間限定で提供する『長崎県五島産すり身団子のスープカレー』には未利用魚が使われている。具材のすり身団子は浜口水産と協力開発された。

「未利用魚って、それを捕りに行く漁師さんっていないんです。何かが捕れるついでに捕れてくる魚。集めようと思ってもすぐに集まらない。1日に10キロとか20キロとか、ちょっとずつ処理して少しずつためていったものが今回の材料です。効率がよくないんですよね」と、浜口水産の濱口貴幸さん。
創業1939年、五島で代々かまぼこなどの練り物を扱う老舗だ。現在、練り物を扱う会社のほとんどは、すでにすり身にされた材料を材料を練って調味するだけであるが、浜口水産は、魚を仕入れるところから独自で行っている。

「20年ぐらい前、五島でも今より魚がたくさんとれていたころ、価値がつかない魚は出荷されていなかったんです。その一つがブダイ。1キロ1円とか5円とかで取引されていて、氷で冷やす価値もないくらいの金額だから、漁師さんたちはそれを捨てていたんですよね。当時のうちの先代社長は、それならうちが引き取るといって、仕入れていたんです。ブダイって、新鮮なうちに処理すれば、匂いがないのですが、一般的に知られていないから商品名に使ってもだれもわかってくれない、だから売れない。なので、ほかの魚種のすり身とブレンドして使っていたんです。魚から加工するのは結構大変な作業工程です」

五島で魚が捕れて、いい材料があり、いい製品ができるとわかっているのになぜやらないのか、魚から仕入れないならやめた方がいい、というくらいのプライドをもっていた先代社長と、時にはけんかになりながらも、続けてきたことで、今ではほかとの差別化もできて良かったと語る浜口さんは、未利用魚、低利用魚という言葉自体があまりピンとこないという。時期によっては、ブリも価値が下がることもあるし、サンマも脂がのっていないと養殖魚の餌にまわることもあるからだ。

「今回、Soup Stock Tokyoさんと開発したメニューをきっかけに、未利用魚とされている魚種も普通に食べてもらえるようになればいいなと思います」

五島の海の青さを象徴するかのように、今回お話を伺った皆さんから聞こえてくるのは五島への愛そのもの。五島から未利用魚という言葉が使われなくなる日は遠くないと確信した。

インフォメーション

金沢鮮魚
「こんな料理を作りたい」に答えてくれる鮮魚店。料理店などの業者向けや個人向けに最高の状態に仕上げた五島の旬の魚を鮮魚ボックスにて提供する。
https://kanazawasengyo.com

五島の椿株式会社
五島の醤を商品展開する同社は、椿を中心とした産業と雇用を創出し、島の持続的な発展に貢献するという理念を掲げ、2018 年に五島市に設立された。
https://shop.gotonotsubaki.co.jp/collections/goto-hishio

浜口水産株式会社
「五島がごちそう」を信念に、五島の港で水揚げされた素材を、鮮度のいいうちに自社工場ですり身にして加工販売。
https://www.goto-maki.net/