海のレシピ project

Amami

鎧武者に見立てられるクルマエビ

[鹿児島県 奄美市]

2022.01.31 UP

京都の老舗料亭・辻留の二代目主人だった辻嘉一。日本を代表する懐石料理の名料理人は、四季の素晴らしさを言葉にできる豊かな感性を持つエッセイストでもあった。様々な調理法や食材について書いた随筆『味覚三昧』には、「蝦(エビ)」の項目が。古来から日本で親しまれてきたエビの文化的価値、豊かな味わい。豊富な知識や芸術的感性を持って厨房に立った辻ならではの、エビの調理法とは。

ものがたり

『味覚三昧』

ものがたり/辻嘉一『味覚三昧』

“懐石料理”を紐解くと、「(茶の湯で)茶を出す前に食べる、簡素な料理」のことであり、ゆえに「茶懐石」とも言う。京都の「辻留」は、裏千家に出入りを許されている懐石料理の老舗料亭。その二代目であり、NHK『きょうの料理』などで見られた独特の語り口と料理への信念が多くの人に愛された料理人が、辻嘉一(1907〜1988)である。旬の食材を使い、季節を感じられるような料理と盛り付けにこだわったその生き方から、私たちが学べることは何だろうか。

茶懐石の料理人は茶の席に出張し、茶室の隣で様子を伺いながら料理をし、ふさわしい時に料理を提供する。辻留の二代目である辻嘉一は、旬の食材の味を引き出す料理を作り、その日の客が本当に求めているものを提供することに徹してきた。辻は多くの著書を残したが、中でも『味覚三昧』は名著のひとつとして数えられる。米、土、鍋、芽、火といった、懐石料理を構成する様々な要素をテーマに、料理人としての心遣いを丁寧に記している。

<料理にも、天理というか自然に逆らってはならない眼に見えない掟のようなものがあります。それは、手早く作りたいためとか、手順をふまねば真の味にならないのに、その手順を略したりすると、できあがった味に、はっきりとその怠惰の不味さが現れます。>
(『味覚三昧』「豆/達者煮」より)」

食材の味を最も引き立てようとするには、手間暇を惜しんではならないこと。食材、季節、そして水の尊さを、辻は料理という道を通して人々に説いた。また、盛り付けには審美眼や経験によって培われたセンスが重要とも語っている。料理の技術だけではなく、日頃からあらゆる芸術に親しんでおくことも料理人には大事なのだという。

「蝦」の項で辻は、エビを「海老/蝦」と書くことについて、三十六歌仙の一人である大中臣能宣の歌を引き合いに出し、「海のおきな」という言葉から、<海老と書くことは近世の風と思っていましたところ、ずっと古くから使われていたことがよくわかるお歌であります。>と記している。

<鎧武者の面影を偲ばせる伊勢エビの煮たのを具足煮と名づけられておりますが、やや強い目のお加減で煮たエビに、おろし生姜をしぼりかけていただく時、やはりミソは具足煮の真骨頂だと、珍重されます。>
シンプルな調理で、エビの身はもちろんのこと、エビミソの味わいも引き出す。エビの種類や生態を知り、刺し身から煮物、天ぷらについても語り尽くせる文体から感じる、食への深い感謝。私たちが次の世代に伝えていきたい精神である。

インフォメーション

(参考資料)
辻嘉一『味覚三昧』 (中央公論社刊)

写真:高村瑞穂