海のレシピ project

Kobe

春を告げる魚と、夏を告げるフラッグ

[兵庫県 神戸市]

2023.05.31 UP

山と海の距離が近く、そのあいだに栄える街との景色が特徴的な神戸。須磨海岸は“ブルーフラッグ”を2019年に取得し、ますます「誰もが楽しめるビーチ」となって私たちを迎えてくれる。関西を代表するビーチの取り組みとともに、「レシピ」では西日本と瀬戸内の春告魚・鰆を、「ものがたり」では四季折々の魚の名前が心地よく響く大岡信の詩を紹介する。

ものがたり

『はる なつ あき ふゆ』

大岡 信

最初から最後まで、ひらがなのみで書かれたこの詩には、はるから始まり、なつのうみ、あきのうみ、ふゆのうみと、季節とともに移ろう魚や海藻、貝の名が並み立つ。あまりにもダイナミックなので、初見では少し戸惑うかもしれない。しかし、一つひとつの名詞を声に出し、繰り返し読んでみるとき、そのリズミカルな面白さや、ときに踏まれる韻や、海に生きるものものの美しさがくっきりと浮かび上がってくるのを感じられるだろう。文字と文字の隙間から吹きつける潮風が、べたべたと髪を頬に張りつける。ことばの大海を魚たちが泳ぎ回る様子から目が離せなくなる。

いひだこ(いいだこ)、やくわうちゅう(やこうちゅう)、をこぜ(おこぜ)、かははぎ(かわはぎ)……。でこぼことした道を歩くような、音と表記の違和感を愉しみたい。この徹底した旧かなづかいは、詩人生涯をかけ言葉の本質にこだわった作者の反骨精神の現れでもある。日本人が忘れかけている四季折々の美しさ。豊かな海の幸とともにあった暮らし。そして、それらを言い表す艶やかな日本語。そんな本来あるべき姿への憧れのようなものが詰まっている作品なのではないだろうか。

はる、なつ、あき、ふゆ、さらには新年と、詩は季節を一巡し「うみかぜ」と「かもめ」の登場でしめくくられる。かもめとは、海で暮らし働く人間にとって特別な存在、航海のシンボルとも言える鳥である。船べりに留まれば幸運の印だと思い、水夫の魂の生まれ変わりだと信じ、きわまりなく広がる空を羽ばたくのを眺めてきた。かつて『かもめのジョナサン』でリチャード・バックが書き残した通り「自由はカモメの本性そのもの」であり、その姿を見るとき、到底かなわない海の偉大さを思い知らされるのだ。
そして大岡もまた「うみ」に畏怖の念を感じていたと思わざるを得ない。


文:峰 典子
写真:望月小夜加

ものがたり情報

大岡信 詩集『きみはにんげんだから』(理論社)
出版年:2004年