海のレシピ project

Miura

海と海のある風景を愛するものたち

[神奈川 三浦半島]

2022.12.28 UP

海のそばで暮らすと、その先に見える土地、さらには外国にまで思いを馳せてしまうのかもしれない。三浦半島が舞台の小説『港、モンテビデオ』で描かれる観音埼灯台。地理的要因と近代化する日本の歴史とが混ざり合った建造物であり、現在も役割を果たしながらシンボルとして佇んでいる。登った先に見えたのは世界を行き来する船と、果てなく広がる海だった。

ものがたり

『港、モンテビデオ』

いしいしんじ

ユニークなタイトルは、同作の装画を担当した大竹伸朗と気になる言葉を出し合ったものだという。モンテビデオとはウルグアイの首都であり、貿易港の名でもある。いしいしんじが執筆当時に9年にわたり暮らしていた三浦半島・三崎港と、そこに暮らす実在の人々をモデルに『港、モンテビデオ』は描かれていく。

主な登場人物に魚屋を営む宣と美智世の夫婦。魚屋に出入りする、つかみどころのない天然パーマの男、慎二。この三人がさまざまな時空をたゆたい、不思議な体験を展開する。

還暦を目前にした美智世は、横須賀・観音埼灯台の近くにある横須賀美術館へ。いつしか船乗り画家・アルフレッド・ウォリスの絵のなかにはいりこみ、英国の港町セント・アイヴスで生前の画家を目にする。亭主の宣はスナックを呑み歩いていくうちに「バルパライソ」という店にたどりつき、チリの詩人パブロ・ネルーダの声にふれる。汽笛の音に導かれ<もんてびでお丸>という船で航海に出た慎二は、通信士として異国で亡くなった美智世の父、黒さんとモールス通信を交わす……。

まだ夏が終わらない
燈台へ行く道
岩の上に椎の木の黒ずんだ枝や
いろいろの人間や
小鳥の鳥を考えたり
--「燈台へ行く道」西脇順三郎

三人は、己に灯るあかりを探しもとめて“あちら側”と思いを寄せ合うのだが、その背景に敷かれた詩や歌がどれも美しい。ネルーダをはじめ、ヴァージニア・ウルフの「燈台へ」。「燈台へ行く道」を書いた西脇順三郎、都はるみが歌う「涙の連絡船」。さらには、ペリー来航やモールス信号の発明、タイタニック号沈没、第五福竜丸事件などという史実にまで物語は広がりをみせる。

古今東西を駆け巡るストーリーのなかで、生者と死者は優しく触れ合い、小さな波紋を起こす。そして、読み手であるわたしたちの心のなかにも、そっとあかりを灯すのである。その光はまるで鎮魂の想いを込めた灯籠のように煌めいている。

“誰もが胸のうちにひとつずつ観音埼燈台をもっている”

ものがたり情報

『港、モンテビデオ』(河出書房新社)
出版年:2015年

文:峰 典子
写真:高村瑞穂