海のレシピ project

Manazuru

ダイバーを魅了する、“お林”が見守るまち

[神奈川県 真鶴町]

2023.01.19 UP

東京から1時間と少しで到着する神奈川県の真鶴町。この町に拠点を置く岡本美鈴さんは世界大会での優勝経験も多数の日本を代表するフリーダイビングの選手だ。30歳の時、小笠原のイルカと泳ぎたいという一心でカナヅチを克服し、この真鶴でダイビングを学んだ。海洋保全のPR活動を行う「Marin Action」の代表も務める岡本さんに会いに出かけた。

ものがたり

『真鶴』

川上弘美

神奈川県、真鶴町。温暖な気候と豊富な魚介、上質な火山岩に誘われ、縄文時代から人々が集まり暮らす漁師町。この地名をそのまま題として選んだ川上弘美の小説『真鶴』は、ひとつの家族の記憶と関係を繊細に描く物語である。

12年前に謎の失踪を遂げた柳下礼と、妻の京、娘の百。れい、けい、もも。家族全員が記号的な名前を持つこと、それに全体を通して句読点が多く綴られていることが、読み手の心をざらつかせる。向こう側が見えそうで、見えない。なんとも不思議な一冊だ。

執筆を生業にし、礼との暮らしを忘れ、落ち着いたかのように見える京。しかしその裏で、執着心がこびりついている。夫の日記を引っ張り出し、ふたりの間に隔たりがあったことに気付く。「日記の文字を読むと、刺されるようになった。痛い。いやだ。きらいだ。礼が。わたしとちがう。わたしから、へだたっている」。そしてボールペンで書かれた「真鶴」という言葉に触れる。まなづる。そうつぶやく。

溶けかけた記憶を胸に、京はひとりで、ときには百をつれて幾度も真鶴に向かうのだが「歩いていると、ついてくるもの」がいる。これは最後まで読んでも何者かわからない。礼の幽霊なのだろうか。なにかの病に侵された、もうひとりの京なのだろうか。はたまた、真鶴に棲みつく妖怪なのだろうか。

礼の身に何があったのかも語られず、答えは読み手に委ねられる。かけらはちりばめられているようだ。例えば、真鶴を訪れたときに遭遇する船。「くるおしく、礼の名を呼ぶ。けれどもう誰もふりかえらない。船が燃えている。うすく白い煙が、はるか下、港とおぼしきあたりから、いく筋ものぼってくる」。これは恐らく、江戸時代から続く真鶴の「貴船まつり」※のことだろう。

それだけではなく、あらゆる箇所で<水>の場面と出会う。台風や雨、池に滝。ウイスキー、洗濯。おたまじゃくしを飼う空き瓶。水につけたにぼし。煮溶かし固める寒天…。そんな表現の数々が印象深い。水のなかに落とした記憶を一つひとつ拾い集めるような、そんな読後感につつまれた。

※華やかな花飾りや吹き流しで飾られた小早船と神輿船などが海上渡御を行う船祭り。広島県廿日市市宮島町の厳島神社で実施される管絃祭、宮城県塩竈市の鹽竈神社・志波彦神社で実施される塩竈みなと祭とあわせ、日本三大船祭りと呼ばれる。

ものがたり情報

『真鶴』(文藝春秋)
出版年:2006年

文:峰 典子
写真:高村瑞穂