潮干狩りで見つけたハマグリの秘密
[千葉県 木更津市]
2021.10.02 UP
子どもの頃に読んだ絵本は、大人になっても深く記憶に刻まれているものだ。自分と同じ頃の子が体験している冒険は、まるで自分がその場にいるかのような興奮を味わわせてくれる。『海べのあさ』で描かれる主人公サリーの一日が、海の近くに住むことの楽しさ、身近な生き物たちや潮干狩りで取れるハマグリとの付き合い方などたくさんのことを教えてくれる。もう忘れてしまった子どもの頃のなにげない記憶を、サリーはいつでも呼び起こす。
ものがたり
アメリカの絵本作家ロバート・マックロスキー。子ガモを産んだカモの夫婦が川から公園に引っ越すまでの騒動を描いた『かもさんおとおり』は、世界中で読まれているマックロスキーの大ベストセラー。読んだことがあるという人もいるだろう。そのマックロスキーによる『海べのあさ』は、その名の通り海の近くで家族と暮らすおしゃまな女の子サリーの物語。サリーの視点を通して、海辺に生きる人々の暮らしが鮮やかに浮かび上がってくる。
ある朝サリーが起きると、口の中に違和感が。歯が一本抜けそうになっている。それは大人になった証拠だと母に教えてもらったサリーは、浜でハマグリを掘っている父親のところに向かうまでに、鳥のミサゴやアザラシなど、出会う動物たちに歯が抜けかかっていることを知らせて回る。そして父とハマグリを探すうちに、気がつくとサリーの歯がは抜けてなくなっていた。歯を使って願い事ができないことを悔やみつつも、父と妹と一緒に船で本島に買い物に出かける。その間に母がハマグリのスープを作っていてくれるのだ。
「おとなのハマグリでも歯がないの?」
子どもらしい疑問の数々に丁寧に答える父との会話。
誰もが経験する歯の抜け替わりを通して、サリーはハマグリやミサゴには歯があるのだろうかと興味を持つ。この一家にとって潮干狩りは食材を得るための大切な日課であり、父と子のかけがえのない時間でもあるのだろう。作者のマックロスキー自身も家族でメイン州の海辺の家に移り住んでおり、実体験から生まれた物語であることが親子の細やかな会話に表れている。
<あかんぼうハマグリが見つかった!>と言うサリーに、父は<あかんぼうハマグリは、大きくなれるように、砂のなかにもどしておこう>と優しく諭す。絵本を読む子どもたちは、貝も子どもから大人になることを学ぶだろう。ハマグリのスープってどんな味なんだろうと、好奇心と空腹を刺激されながら。
ものがたり情報
『海べのあさ』(岩波書店)ロバート・マックロスキー文・絵、石井桃子訳
出版年:1978年
写真:高村瑞穂