豊かな食卓を支えるコンブの旨味
[北海道 札幌市]
2021.10.01 UP
和食の味の基礎となる“出汁”。煮干し、椎茸、魚、野菜などで出汁をひく方法もあるが、やはり昆布と鰹節の合わせ出汁が基本となる。そのひとつひとつの行程を、詩人・長田弘は言葉で表現した。詩集『食卓一期一会』所収の、ある一遍。昆布を使う意味とは。削りたての鰹節をすぐに取り除く目的は。暮らしのなにげない1ページが、軽やかな詩になった。
ものがたり
豊かな食と聞くとどんな光景が思い浮かぶだろうか。テーブルの上に並んだ、ごはんとお味噌汁、そしていくつものおかず。バラエティに富んだ献立が豊かであることは間違いないが、品数以外にも豊かな味を作る方法がある。それは、“出汁”をとること。体に入ったときの純度。いつまでも心に残る深い味わい。その奥深さを、詩人の長田弘(1939〜2015)は“言葉”に例えた。エッセイや絵本も執筆し、言葉や本についての著書も多い長田が、食べ物をテーマに詠んだ詩集『食卓一期一会』。その中に収録された「言葉のダシのとりかた」は、詩人らしい視点に満ちた一遍だ。
<かつおぶしじゃない。
まず言葉をえらぶ。太くてよく乾いた言葉をえらぶ。>
選ぶのはそう、“言葉”だ。最初にどんな言葉を思いつくかが肝心。その言葉を、かつおぶしのように削っていく。
つぎに意味をえらぶ。
<鍋に水を入れて強火にかけて、意味をゆっくりと沈める。>
昆布ではなく、“意味”を選ぶ。火にかけて浮かんできたら、すぐにすくい取ってしまう。
意味を消し去り、言葉をすべて濾す。最後に残った煮汁に、詩人が求めていたものがある。詩の綴り方を出汁の取り方に例えた長田は、本について書いたエッセイ『読書からはじまる』で、人間と本の類似性をこう書いている。
<比喩というのは、文化です。>
<自分たちの生活のなかにあるもっともありふれたものを、生き生きとした言葉に変えてゆくのが、比喩です。>
出汁をひくとき私たちは、鍋の縁がふつふつというのをしっかりと見ていなければならない。鰹節を入れたらその場を離れてはならない。そうして出来上がる出汁から上がるふわっとした湯気は、料理人の心を癒やし、次の料理の味に深みを与えてくれる。まずは出汁をひく時間を作ろう。一品しか作らなくてもかまわない。出汁がその味をきっと豊かにしてくれるから。
ものがたり情報
食卓一期一会(晶文社)
出版年:1987年
写真:高村瑞穂