豊かな食卓を支えるコンブの旨味
[北海道 札幌市]
2021.10.01 UP
和食の味の基礎となる“出汁”。煮干し、椎茸、魚、野菜などで出汁をひく方法もあるが、やはり昆布と鰹節の合わせ出汁が基本となる。そのひとつひとつの行程を、詩人・長田弘は言葉で表現した。詩集『食卓一期一会』所収の、ある一遍。昆布を使う意味とは。削りたての鰹節をすぐに取り除く目的は。暮らしのなにげない1ページが、軽やかな詩になった。
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四方を海に囲まれた北海道。日本海、太平洋、オホーツク海と、接する海によって水温や潮の流れも異なるため、育つ生物も違ってくる。そんな北海道は、 “出汁”に不可欠なコンブの主産地でもある。日高昆布、利尻昆布、羅臼昆布、真昆布……。これらはどれも北海道の近海で採れるコンブなのである。コンブとはどんな植物なのか。種類の違いは何によるものなのか。北海道大学忍路臨海実験所でコンブの研究を行っている、四ツ倉典滋北海道大学准教授に伺った。
コンブの仲間は、生物分類上「褐藻コンブ目」に属する海藻であり、コンブのほかワカメやアラメなどが含まれる。そのうち、私たちの食卓に上がるいわゆる“コンブ”は、世界に20種ほどが知られており、日本で見られる11種の全てが北海道の沿岸に生育している。そのうち食用に使われるのは7種ほどだ。陸に上がったコンブは加工され、製品としての“昆布”になる。
「コンブは場所の違いによる海水中の栄養塩濃度や水温、潮の流れなど育った環境によって個性が違います。さらには獲れる浜の違いによって商品としての価値も変わってきます。育った環境によって違った形状と特徴を持ったコンブが、日本の食文化によって細分化されているというわけです」(四ツ倉准教授)
真昆布になるのは道南で育ち、葉が幅広く茎と根も強固な“マコンブ”。マコンブに似ているが葉がやや小ぶりで、日本海とオホーツク海沿岸で採れる“リシリコンブ”。道東で採れる、葉が薄く波打っている“オニコンブ”は、知床羅臼名産の羅臼昆布だ。太平洋沿岸に生育する“ミツイシコンブ”は、家庭でも馴染み深い日高昆布になる。これらとは別に、(主に出汁用ではなく)食べるコンブとして知られるものに太平洋沿岸で獲れる“ナガコンブ”がある。これは日本で最も天然での漁獲量が多く、佃煮や煮物など加工用として広く使われている。
日本の食文化を支えているコンブは、私たちの食材として重要なだけではなく、海洋生態系の中で大きな役目も担っている。コンブが生い茂る浅瀬の海はまさに“コンブの森”。コンブの葉上のプランクトンや微小動物を目当てに小魚が集まり、さらに小魚を食べようと中型魚も集まる。魚介類にとってコンブは餌場、産卵場、隠れ場といった機能を持つ大切な場所となる。ところで、海藻などによって二酸化炭素がとり込まれ、海の生態系の中に貯留される炭素を“ブルーカーボン”と呼ぶ。海底の堆積物の中で数千年もの間、分解されずに貯留され、温室効果ガスとなる二酸化炭素の吸収源になると期待されている。コンブは成長するなかで海中に溶けて分解されにくい炭素を作りだしており、炭素の貯留に貢献すると考えられている。
四ツ倉准教授は現在、コンブの森を育て漁場として利用する“育てる漁業”の推進を掲げている。「海は地域と地域を結ぶものであり、たくさんの食資源を産んでくれる懐の深い存在です。しかしその一方で海は恐ろしい場所。人間が間違ったことをすれば直ちに牙を剥きます。コンブの資源量は年々減ってきています。それを採る漁業者の高齢化や人口減少も深刻です。未来の環境の中で生きていけるコンブを作れたらと思いますが、昆布の商品価値や現在の多様性を損ねてしまう危険性もある。待ったなしの状態ですが、日本のコンブ産業は長い歴史があるだけに解決が難しい。いまコンブが抱えている問題を多くの人に知ってほしいですね」
お話しを伺ったひと:
四ツ倉典滋さん(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター准教授)
専門は海産植物学で、北方域の大型海藻-特にコンブ類-を材料として北太平洋西岸に分布する種の多様性研究を進めるほか、日本沿岸のコンブ資源の保全研究や、育種研究を進めている。北海道大学北方生物圏フィールド科学センターでは、忍路臨海実験所の所長を兼務。各種、コンブ関係の委員やアドバイザーとなるほか、NPO法人北海道こんぶ研究会の理事長も務めている。著書に、海藻利用への基礎研究(成山堂書店)や水産海洋ハンドブック(生物研究社)、北海道つながる川と海の生き物(北海道新聞社)などがある。
https://www.fsc.hokudai.ac.jp