海のレシピ project

Wajima

海が育む結晶・塩の世界

[石川県 輪島市]

2024.03.26 UP

人間の身体の約70%を水分が占めるように、地球に対する海の割合も同等のもの。そんな海が育むもののひとつが「塩」だ。海塩を製造する国は、世界的に見ても実はめずらしいという。今回は「低温結晶」の技術を確立して作られる、輪島の海塩を使ったシンプルな料理をはじめ、震災後も輪島朝市の灯をともし続ける人たちを紹介する。絵本「あさいち」が記憶にとどめる風景が、ふたたび目の前に広がる日を願って。

ものがたり

『あさいち』

絵:大石可久也 語り:輪島・朝市の人びと

石川県「輪島朝市」の歴史はおどろくほどに古く、平安時代にもさかのぼる。それはまだ貨幣という存在がなかったころ、神社の祭礼日に生産物の物々交換をしていたことにはじまる。扱うのは食べものだけではなく、かめや壺や皿といった調度品も。なかには朝廷への上納物の過剰品もあったという。

ふらっと出かけたお祭りで上質な漆の椀に出会えたなら、わたしなら小躍りしてしまう。そんな人は少なくなかったはずだ。江戸時代には日本各地で市場での売り買いが盛んに。祭日だけだった市が月の決まった日に定期開催されるようになっていく。輪島朝市も同様、あわびや輪島そうめんといった特産物の後押しもあり、大正時代のころには毎朝のように市場が並ぶようになった。

絵本『あさいち』は、1970年代の活気あふれる輪島朝市の、とある1日を描いている。夜がまだ明けぬころ、船が「いっぺえ」つんで帰ってくる、ずわいがに、ぶり、たらにたこ。「ちびてえ」雪の下をかきわけて掘る、みずなやねぎ。海のもんと山のもん、それぞれが朝の市場に集まってきて、売り子の女性たちとともにずらり並ぶ様が、あたたかい水彩画とシンプルな構図で描かれていく。毎朝のことだから用意など手慣れたものなのだろう。決まった持ち場に、とれたてほやほやの海産物や農産物をささっと並べる。おばば手製の干し柿に塩辛、どらやきまで。あぁ、なんとも美味しそう。

「とれたてやぞ」「いらんけー」「うめえげに」「こうてくだー」

地元の言葉で交わされるやりとりが心地よい。「もどりにかうよ」という客に「だませば ばけてでるぞ」 なんて返してみたりして。交渉で値段を決める店も多いという輪島朝市。ただ買うのではなく会話を楽しむのが醍醐味なのだ。

そして帰り際には、おのおの片付けがてら売り残ったものを交換する。それはまさしく市のはじまり、貨幣がないころとなんら変わらない姿なのかもしれない。輪島では朝市に出向くことを「市の風に当たりに行く」と表現するそうだ。なんてすてきな言葉なのだろう。わたしも市の風に当たりに行きたい。


文・峰 典子
写真・Kim Ahlum

ものがたり情報

『あさいち』
出版年:1980年(初版)、2024年(復刊)

絵本『あさいち』(福音館書店)は、能登半島地震で甚大な被害を受けた朝市の復興を願い復刊を求める声に応えるかたちで復刊されました。売り上げのうち利益相当額を災害義援金として日本赤十字社に寄付。被災地の復興に充てられます。