謎めく神秘的な“春の風物詩”を追って
[富山県 魚津市]
2023.04.25 UP
闇夜でほのかに青く光り、春の風物詩と称される風景を作り出すこともある“富山の神秘”はなぜ私たちを魅了するのか?魚津へ向かって学んだのは、まじまじと観察することでわかる姿かたちと、求めるほどわからない生態だった。「レシピ」ではそのホタルイカと春野菜を使ったナムルを、「ものがたり」では人生を豊かにしていく「食」にまつわる映画『川っぺりムコリッタ』を紹介する。
トピックス
スーパーに並ぶときにはすでにボイルされているため、「ホタル」と名付けられたこのイカが光るということを想像するのはなかなか難しい。そもそも、ホタルイカはなぜ光るのだろうか。光るホタルイカを見るために、そしてその秘密を知るために、富山県魚津市を訪れた。
「イカの種類は全部で450種ほどありますがそのうち光るイカは約180種。中でもこんなに大量に獲れて、普段の生活で多くの人が食べている発光イカは、ホタルイカだけなんです」
そう教えてくれたのは、2023年3月まで魚津水族館の館長を務め、1981年の水族館オープン時からホタルイカを担当しながら国内外の多くの研究者たちと交流を重ねてきた稲村修さんだ。
ホタルイカの分布は広く全国的にみられるが、毎年春先に、沿岸部に集まって来て産卵する行動が見られるのは、富山湾の中部から東部沿岸にかけてのみ。これは海岸近くから急に深くなる海底地形に深い関係があるとされている。
魚津漁港(魚津おさかなランド)。
今年は不漁との情報があったが取材時期になってようやく獲れはじめた。
発光する生態を持つホタルイカが定置網漁で毎年大量に漁獲でき、水産業に貢献しているとして、この地域の「ホタルイカ群遊海面」は国の特別天然記念物に指定されている。魚津水族館と隣接した遊園地、ミラージュランドの観覧車からは、ホタルイカ定置網をよく見ることができた。
陸と漁場の近さを感じる海岸線
さて冒頭の話に戻ろう。
ホタルイカの発光器は大きく分けて3種類ある。まずは皮膚発光器。大中小の約1000個もの発光器は、青、水色、緑に光る。そして目の下(正確には眼球の腹側と下側)に5つあるのは眼発光器。そして左右一対の第四腕の先端に、3つずつ付いているのが腕発光器だ。
腕発光器が3つ並んでいる様子がよくわかる
生きているホタルイカが刺激を受けると、腕発光器がしばらく強く光り続ける。ではなぜ、ホタルイカは光るのだろうか? 取材前に調べた情報にはこのようなことが記載されていた。
1.外敵を驚かす役目。
2.全身を光らせて敵に見つからないようにカモフラージュする役目。
「でもね、驚かすのであれば、光り続けなければならないでしょう。ホタルイカは一瞬光って、ふっと消して泳ぎ去るんです。それに、釣りをするときにライトをつけると魚が寄ってくるじゃないですか。光ることで外敵が寄って来てしまうことも考えられますよね。だから驚かすというよりも、強い光を見せて残像を作り、光を消して逃げるための“オトリ”なのだと考えています」
さらに、皮膚発光器の目的については、光らせることで腹部にできる影を消すためとされるハワイ大学の有名な研究があるが、本当にそうなのかは疑問もあるという。
「ホタルイカが日中過ごすのは水深200~600mあたりの深海。そこでできる腹側の影は数メートル離れても見えるでしょうか。ホタルイカは緑色の発光器を持ち、緑色が認識できる唯一のイカなので、もしかしたらホタルイカ同士で何かのコミュニケーションを図っているのかもしれませんが…」
つまり、発光の目的はいまだにはっきりしていない。眼発光器にいたっては、なぜ光るのか、ほとんどわかっていないそうだ。
わからないことが多い理由の一つには、定置網で捕獲したホタルイカは産卵後のため数日で死んでしまい、長期の飼育ができないことにある。また水槽内で卵は産むが、孵化した稚イカの育成にも成功していない。
ちょうど産卵のタイミングだった魚津水族館で泳ぐホタルイカ
「子どもがうまく育ち、繁殖までできるようになれば、生態がもう少し詳しくわかってくると思うのですが」と稲村さんは期待する。
ホタルイカの寿命は約1年。どのような一生を過ごすのだろうか。
日中は沖合の敵の少ない水深200m~600mで暮らし、夕方~夜になると餌である動物プランクトンが多い海面近く(水深100m以浅)まで浮上すると推測されている。その上下運動を繰り返す毎日を過ごしながら、2月頃にオスと交接し、3月~6月に産卵のため富山湾の沿岸部に近づいてくる。なぜ沿岸に移動するのかその理由ははっきりと分かっていないが、沿岸のほうが暖かく、子どもの餌となるプランクトンが多いからではないかとも言われている。
「富山県水産試験場(現在の水産研究所)の林清志先生の研究によると、メスは卵を約8000~2万個産みます。1回の産卵は2000個ほど。産卵期には沿岸に来て、日中は水深200m~300mまで下がり、夜になると浮上して卵を産みます。これを数回繰り返す多回産卵と考えられています。産卵後に、大量のホタルイカが砂浜などに打ちあがることがあり、この現象を『ホタルイカの身投げ』と呼んでいます」
この現象は地域の風物詩。毎年春には波打ち際で青白く光る幻想的な風景を写真に収めようと、富山湾を訪れる人も多い。
青白く光るホタルイカの身投げ 撮影:木村知晴(魚津水族館)
「小さい頃、私も見に行っていました。4月頃のまだ冷たい水の中、半ズボンでライトを当てながら海を歩いてね。今みたいに、便利な防寒着もなかったから寒くて。ライトを当てると小さな魚が寄って来たりして、楽しかったですね」
どんな条件の時に身投げが起こるのかは、SNSで発信されたホタルイカの身投げの情報を利用した、甲南大学名誉教授・道之前允直の研究でわかってきた。新月前後の穏やかな夜に起こりやすく、満月や雨、海が荒れた日には起こらないのだそうだ。
ホタルイカは網膜の構造上、偏光を見ているが、海中に入ってくる月の光は偏光であるため、ホタルイカは月の光を利用して方向を知っている可能性が高い。だから月の光がない新月前後には方向を見失い、海流に運ばれると沿岸近くでさ迷って身投げすると考えられている。なんとも悲しい話だ。
最後に、今までで一番おいしかったホタルイカの食べ方を稲村さんに聞くと、漁師さんとホタルイカ漁に出た帰り、とれたてを串刺しにしてストーブで焼いて食べた「ホタルイカのぽんぽん焼き」と答えが返ってきた。「富山県産のホタルイカはサイズが大きくて、うまみと甘みがあっておいしいんですよ」。
小さな体でダイナミックに海を移動する姿と、いまだわかってない不思議に想像を巡らせながら、食卓にやってくる春を、毎年楽しみにしたい。
文:安藤菜穂子
写真:高村瑞穂
撮影協力:魚津おさかなランド、ほたるいかミュージアム
参考文献
「魚津の自然シリーズ ホタルイカ」(発行:魚津水族館 著者:稲村修)
「ほたるいかのはなし」(発行:魚津市教育委員会 著者:稲村修)
「ホタルイカ 不思議の海の妖精たち」(発行:桂書房 著者:山本勝博 監修:稲村修)
お話を伺ったひと
稲村 修さん
魚津水族館アドバイザー、博士(環境科学)。
富山県入善町出身。東海大学海洋学部水産学科卒業。魚津水族館に1980年から臨時職員として勤務し、翌年魚津市役所に入庁して飼育技師。1996年に学芸員、2011年から同館館長を務めた。水産業や教育、地域資源を生かしたまちづくり政策等にも関わり、広い知見を持つ。専門分野は魚類学、生態学、環境科学。
インフォメーション
魚津水族館
富山県魚津市三ヶ1390
料金:高校生以上1000円、小中学生500円、3歳以上200円
時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:12月1日~3月15日までの月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
TEL:0765-24-4100
現存する日本最古の水族館。初代は1913年、北陸本線の開通時に日本海側初の水族館としてオープン。現在は3代目で「北アルプスの渓流から日本海の深海まで」「日本海を科学する」を基本テーマに、富山県・富山湾の水生生物を中心に展示を行っている。
ほたるいかミュージアム
富山県滑川市中川原410
料金:2023年は3月18日~5月31日 高校生以上820円、3歳から中学生 410円
6月1日~翌年3月19日 高校生以上 620円、3歳から中学生 310円
※活きホタルイカが見られる時期とそれ以外で入館料が異なります。
時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:6月1日~3月19日の毎週火曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、1月の最終月曜日から3日間
TEL:076-476-9300
全国で唯一ホタルイカの発光ショーが見られる「ライブシアター」を有し、ホタルイカの生態や棲息について、また富山湾の深層水で飼育している生きものと触れ合える「深海不思議の海」などを展開して親子で楽しく学べる体験型のミュージアム。