海のレシピ project

Toba

海のなかを心身で体感する海女の声

[三重県 鳥羽市]

2023.03.24 UP

海女漁は日本各地の沿岸で続いているが、なかでも志摩半島は歴史が古く、現在もっとも海女が多い地域だ。伊勢湾に浮かぶ島を舞台に三島由紀夫は『潮騒』を執筆。たびたび映画化もされ、そのイメージが描かれた。 そんな海女たちの“現在”を追って、鳥羽へ。体ひとつで潜り、厳格なルールのもと獲物を獲る漁法は資源管理に適しているのはもちろんだが、根底に流れるものは畏敬の念をもって向き合う姿勢だった。

トピックス

海を愛し、転職した、海女として生きるひと

海女兼フォトグラファー 大野愛子さんインタビュー

二千年前の遺跡からその証が発掘され、万葉集や歴史書にもたびたび登場する「海女さん」。長い歴史を持つ職業だが、どのような仕事をしているのかは、あまり知られていないかもしれない。海について感じていることも教えてもらいたくて、ワカメ漁が始まる直前の3月上旬、石鏡(いじか)町で海女として働く大野愛子さんを訪ねた。

三重県鳥羽市の地域おこし協力隊で海女の仕事の募集を見つけ、2015年に東京から移住してきた大野さん。もともと大学で海洋学を学び、その後、東京でフォトグラファーとして活動していたが、ダイビング好きが高じてこの仕事と巡り合った。

「最初は何も知らなさ過ぎました。海女さんは貝を獲る人、くらいの知識しかなくて。私はただ海に潜れることが嬉しくて、好きなことを仕事にしたい、という気持ちで応募したんです」

大野さんが暮らす鳥羽市石鏡町。このエリアはリアス式海岸としても知られている。


他の地域から石鏡に嫁いでくる人はいても、東京から突然「海女になりたい」とやって来たのは大野さんが初めてだという。「最初は宇宙人が来た!という感じで見られていたんですよ」と笑い、石鏡の方言が全くわからずに意思疎通が難しかった最初の半年を懐かしむ。

「それは仕方ない、お互い警戒しますよね。でも、海女さんは海が好きだし、私も海が好き。海を介していろんな会話をしているうちに、当然ですが人となりが分かってくる。それでお互い大丈夫だなと思い始めたんです」

海女の仕事は忙しい。3月~4月は海藻、GW前からアワビやトコブシ漁が始まって9月14日まで毎日海に潜る。それから約1か月のお休みを経て、10月中旬から今度はサザエだ。石鏡の中にもいくつかグループがあり、7~8人の海女さんと共に、漁を行っている。

「持ち物すべてに名前を書くなんて保育園以来ですよ」と見せてくれた大事な道具類。


「朝は7時頃に海女小屋に集合し、支度をして、まず魔よけと体を温めるために火にあたります。着替えて漁に出るのが9時前。1時間10分海に入って、少し休憩したら、また11時過ぎくらいから1時間10分、海へ。14時に水揚げの計量があるので石鏡の市場に。そうして1日が終わります」

お互いの安全のために、誰がどこで潜っているかという把握はしているが、海の中に入れば基本的にはひとり。獲った分がそのまま、自分の売上となる。どこに行けばアワビが獲れるのかは、経験値でしかわからない。いかに自分しか知らない場所を見つけるかがポイントだ。

「向こう1週間くらいの天気予報を調べて、潮の流れを見ながら前もって念入りに作戦を立てるんです。効率よく潜れるように考えるんですよ」

一度に潜れる時間は50秒ほど。潜るだけならできなくもないが、その50秒間に獲物を探し、岩からノミでアワビをはがすには相当な体力がいる。80代で現役の海女さんもいるというが、どんな人たちなのだろうか。

「みなさん豪快で、すべてにおいてポジティブ。海女小屋で炊く火の煙が流れてくると、『べっぴんさんだから煙が来た』って言ったり、ウェットスーツの中に虫が入ってきた人を見て『今日あんたは大漁(だいりょう)するわ!』って言ったり。獲物が獲れなくても、『またええ日に頑張ればいい。今日は今日。人と比べるものじゃない』って。そういうやりとりはすごく楽しいし、ここにいるとずっと笑っていられるんです」

無理をしてはいけないということも教わっている。命にかかわる仕事なので、「頑張るな」とも言われているのだ。

「海女は頑張ってもうまくなるものじゃないし、獲れるものじゃないと。『そっか』と思うと、だいぶ楽に生きられます」

海女さんは海の恵みを頂く仕事。昔から資源を守るために、明確なルールや制限がいくつも決められている。たとえば、1時間10分を2回という、操業時間もそう。地域ごとに獲っていいアワビの大きさも決められており、三重県では10.6cm以下のアワビを獲るのは禁止。そのルールは厳格で、一人一人「スンボウ」という測りを持ち、互いに注意をしあう。

海女漁は“獲りすぎないこと”で資源が守られ、脈々と続いてきたことがわかる。


「2020年にコロナ禍で飲食店が休業してアワビの値段が半額くらいになってしまったとき、同じ労力をかけているのに半額になるなら獲らないほうがいいと、海女さんたちが1か月休んだことがあったんです。アワビは死なないから、来年獲ればいいじゃないと。資源を守ろうとしているんだと思ったし、プライドも感じましたね」

体ひとつで海に潜る、死と隣り合わせの仕事をしている海女さんは、星型のセーマン、格子状のドーマンと呼ばれる印がついた、危険から身を守るおまじないのマークを身につけたり、神社や寺にもよくお参りに行く。

「船の神様が祭られている青峯山(あおのみねさん)の正福寺(しょうふくじ)には、海女さんたち全員で年3回は行きます。シーズン初めの2月18日、中参宮と言われるお祭りのある7月10日、シーズン終わりの12月28日に」

船や海の安全祈願の寺院・正福寺には舵輪(だりん)モチーフの彫り物が飾られ、船のレリーフや絵馬なども奉納されている。

海のなかで肌身離さず持っているというお守り。


正福寺で護摩(ごま)供養した灰を持ち帰り、海に入る前には必ず、その灰を皆で回して、おでこや、耳や鼻など調子の悪いところに付ける。「無事に帰って来られますように」というおまじないだ。他にも、「梵字(ぼんじ)」が書かれた「お札さん」を「長し札」といってシーズン初めの口開けの日や、波が荒い日の翌日に海に流すのだそう。

毎日欠かさず、海に入るまえには全員で安全祈願をする。


「たまにおしゃべりが過ぎて、海まで行って『忘れた!』ってなると、『あー、青峯山!』と言って、ちゃんと海女小屋へ戻るんです。ルーティンワークをやらないと怖いから」

大野さんはもうひとつ、フォトグラファーとしての顔も持っている。毎日の漁にはカメラを携え、海女さんの日常を撮影している。2022年11月には、南フランスのオクシタニー地域圏で開催された「日本週間」に招かれ、ゲストの一人として「海女」をテーマにした写真展や講演も行った。

第一次海女ブームが来た昭和の時代の海女さんの写真は多く残っているが、ウェットスーツで仕事をする海女さんの写真は資料としてほとんどない。毎年引退する海女さんもいるため、現代の海女さんの姿を写真で残したい。それに、海の中の写真も撮ることで海の変化がわかり、それが今後何かの役に立つかもしれないと考えている。

ウェットスーツには身を守る「セーマン」「ドーマン」が刺繍されている。
photo:大野愛子

無人島での休憩
photo:大野愛子

海の資源が減っているという話は各地でよく耳にするようになったが、この地域で海女一人当たりの漁獲高は増えているそうだ。

「まだ鳥羽に来て8年なのでわからないことも多いのですが、数年前から黒潮の蛇行が始まり、水温が上がったと肌で感じることはあります。それに全国的に海藻が減っているのは間違いない。でも、この地域はまだまだ大丈夫。悪いことだけじゃないと思う」

海女さんは高齢化し、後継者不足ではあるが、海女になりたい高校生の相談を受けたりすることもある。

「海女は漁村エリアのここでしかできない仕事。でも今はネットがあれば、場所を選ばずにできる仕事もありますよね。撮影の仕事で出張に行くこともあるし、海外にだって行ける。海女の仕事は個人事業主。縛られているようで縛られていない、そのギャップが今、楽しくてしょうがないんです」

この地域にとって海女さんの存在とは、漁業を行う第一次生産者であり、観光PRのために大切な存在であることも確か、と答える大野さん。

「そして海女さんとは、海を守る人。海の中の現状が、いちばんわかる人ですから。海女や漁師さんがいなくなる地域は、海もダメになっていくと思う」

好きなことを仕事にする最先端の働き方を実践しながら、大野さんは海を守る人としての役割も受け取り、つないでいこうとしている。



文:安藤菜穂子
写真:高村瑞穂

お話を伺ったひと

大野愛子さん
東京都出身。大学の海洋学部を卒業後に寿司チェーン店で働くも、その後専門学校での学びを経てフォトグラファーとして活動を始める。元々の海好きが高じて三重県鳥羽市の地域おこし協力隊に応募し、見習い海女として海女漁に従事。任期を終えてからも石鏡町に拠点を置き、海女兼フォトグラファーとして生活しながら伝統的な海女の暮らしや海のある風景を発信している。

インフォメーション

鳥羽市立 海の博物館

三重県鳥羽市浦村町大吉1731-68
料金:大人 800円、大学生以下400円
休館日: 6月26日〜30日と12月26日〜30日
TEL:0599-32-6006

伊勢志摩国立公園内に位置し、海の祭りや漁、木造など海にかかわる約6万点(うち国指定の重要有形民俗文化財は6879点)もの資料を所蔵する博物館。伊勢志摩地域に関する展示では、近郊でおこなわれている漁や海女文化などについて、多数の資料やジオラマなどを使って紹介されている。内藤廣の設計で日本建築学会賞をはじめ数々の賞を受賞しており、建築好きにもおすすめの場所。