海のレシピ project

Minamisanriku

伝承キリコとカレイに託す祈り

[宮城県 南三陸]

2023.03.11 UP

海とともに生活を営んできた人々に自然災害がおそった2011年。 時を経て「南三陸311メモリアル」が、アートを切り口に「防災」「震災伝承」についての学びの場として2022年に開館した。 新たに生まれた伝承施設と、神様の依り代としてこの地に連綿と伝わってきた切り紙の“キリコ”を通じて、南三陸の海にまつわる今と未来を心に刻む。

トピックス

海のそばで考え伝え続ける「南三陸311メモリアル」

文化事業ディレクター・演出家 吉川由美さんインタビュー

2011年3月11日に東日本大震災が発生してから12年が経つ。2022年10月、宮城県南三陸町に「南三陸311メモリアル」がオープンした。防災・減災について自分ごととして考えるためのプログラムを提供する震災伝承ラーニング施設だ。

宮城県北東部に位置し、志津川湾をぐるっと囲んでいる南三陸町。自然の恵みが豊かで、これを生かした養殖漁業が盛んだ。この“海とともに生きるまち”は東日本大震災に遭い、多数の尊い命が奪われた。壊滅状態になってしまった町の中心地は盛土造成が行われ、隈研吾氏の設計で木材が斜めに配置されたデザインが印象的な「道の駅さんさん南三陸」がつくられた。その一角に「南三陸311メモリアル」はある。

この施設の展示コンテンツは、これまでの伝承館が主に地震の規模や被害を中心に伝えているのとは異なり、住民たちの被災体験の証言から防災についての問いを来場者に投げかける展示構成となっている。入って最初の「展示ギャラリー」では町民の証言映像が流れ、震災が起きた日の生々しい現実を知ることができる。

そして次に「アートゾーン」があり、現代のフランスを代表する作家、クリスチャン・ボルタンスキー(1944-2021)の作品が展示されている。薄暗い中に無数の箱が置かれた空間はどこか重々しく、ザワザワとした感情を心に抱えたまま「ラーニングシアター」に入る。映し出される町民の証言に耳を傾け、自然災害が起きた時に大切な命を守ることができるだろうかと、自身に問い、自分ごととして考えるプログラムを体験することができる。

この施設の展示構成・コンテンツ制作を担当した、文化事業ディレクター・演出家の吉川由美さんは、海外のアート作品を「ラーニングシアター」に入る前の空間に設置した理由を説明してくれた。

「命が失われるような状況は、日常から遠い出来事だとだれもが思っています。自然災害や戦争で多くの命が失われる今、ボルタンスキーの遺作は、死が決して遠いものではないと気づかせてくれます。この空間は、決して目をそらしてはいけない現実をつきつけ、言葉や国境を越えて、訪れた人に命の尊厳について問いかけるのです。自然災害から命をどう守るのかを真剣に考える心構えがここで生まれると思います」

クリスチャン・ボルタンスキー 《MEMORIAL》 photo:二村友也


「ラーニングシアター」では、60分のレギュラープログラムと30分のショートプログラムが用意されている。実際に体験してみると、大切な命を守ることについてのいくつかの問いに対して、明確な答えが出せない自身に対するモヤモヤとした思いや、あれほど大変な災害だったのに今は危機感が薄れていることへの自身への腹立たしさなど、複雑な感情が生まれていた。

「正解を出せないモヤモヤが、その後も防災について語り合い、考え続けることにつながることを私たちは期待しています。自分ごととして『もし○○だったら』と考え続けてもらうきっかけを作れたなら、震災伝承の本来の役割は果たされることになるはずです」と吉川さんは静かにそう語ってくれた。

シアタールームで上映されるラーニングプログラムの映像は、3.11の満天の星空の再現からはじまる


何度も津波被害を受けてきた南三陸町は、津波に備えて防災計画を策定し、住民たちは避難訓練を重ねて来た。あの日も、訓練通りに指定避難所の高台にみんなが避難した。しかし、安全なはずのその場所に津波は押し寄せ、多くの住民が犠牲になってしまった。親しい人たちを失った町民たちが伝えたいのは、自然災害は想定外の事態をもたらすものであり、その状況下で命を守ることはそう簡単なことではないということだ。

「防災教育やマニュアルは大切ですが、それがあれば100%安心というわけではありません。災害時には、予想もしないことに避難を阻まれたり、だれかを助けたいという思いから逃げ遅れて、命を落とすことがあります。必ずしもマニュアルどおりには行かないことがあることを知り、命を守るために“もし○○だったらどうするか”を考え続けることが、防災には何より重要なのです」と吉川さんは強調する。

南三陸311メモリアル 顧問の高橋一清さん。参加者に配布される防災ミニブックを用いながらプログラムを進行する


ラーニングプログラムの途中で、周りの人と話し合う時間が設けられているのも、大きな特徴だ。
「たった1分の話し合いで何ができるのか?来場者は話したがらないのでは?という声もありましたが、大変好評をいただいています。短い時間でも人と話すと思いもかけない発見に出会えるものです」と吉川さん。話し合いを通して多様な被害想定やアイディアを知ることで、自分自身の視野の狭さや思い込みに気づくことができるという。

「ラーニングシアター」を出ると「みんなの広場」があり、写真家の浅田政志さんが2013年から2021年にかけて撮影した多くの写真が展示されている。南三陸町民と写真家が共にアイディアを出し合いながら撮影された「みんなで南三陸」だ。そこに焼き付けられた町民たちの輝くような笑顔が印象的だ。このプロジェクトを手がけたのも吉川さん。
「震災後、悲しみにくれる被災者の姿がたくさん報道されましたが、南三陸の各地で出会う住民のみなさんたちは、厳しい状況にもかかわらず、助け合い、冗談を言い合いながら、たくましく生きておられました。その姿に心を動かされました」その姿を切り取って作品にしてくれるのはこの人しかいないと、吉川さんは浅田さんに撮影を依頼した。

無料エリア「みんなの広場」で開催されている特別展(5月15日まで)


震災前から吉川さんは、この町でコミュニティアートプロジェクトを展開しており、町に秘められた人々の物語を白い切り紙で表現する「きりこプロジェクト」は今も続けられている。震災後、支援のために町に通い始めた時、何もかもが流失した厳しい状況下にもかかわらず、町の人たちが笑顔を絶やさずにいることに吉川さんは衝撃を受けた。

それぞれの物語を表した「きりこ」を掲げる仮設商店街のみなさん(写真提供:ENVISI


「あの混乱の中でも、みなさんは支援に駆けつけた私たちをもてなそうとしてくれたのです。私は、支援する人・される人という関係ではなく、共に町を再生する仲間でありたいと思いました。「きりこプロジェクト」を続けることをためらっていた私を、全国各地のアート関係者が「きりこは町の記憶を継承するプロジェクト。今こそ続けるべきだ」と励ましてくれました。その後押しがあったからこそ、これまで続けることができたのです。再建された病院や役場のパーティションにはそのきりこの絵柄があしらわれています。この町を生きている人々の物語を、そのような形で残すことができ、うれしく思います」と吉川さんは振り返った。

感情を大きく揺さぶられる時間を過ごすことができる「南三陸311メモリアル」。時折訪れて、今の自分を確かめる場所になりそうだ。


取材・構成:久保田真理(ついたち)
写真:飯坂 大

お話を伺ったひと

吉川由美さん
文化芸術を核に、コミュ二ティ、地域資源、観光、教育、医療、福祉などをつなぎながら、地域に活力と新たな価値を創出する文化事業ディレクター、演出家。青森県八戸市の八戸ポータルミュージアム はっちでは、アートプロジェクトのディレクションを11年に渡り手がけ、2021年に開館した八戸市美術館のオープニングプロジェクト・ディレクターを務めた。南三陸311メモリアルでは、ラーニングプログラムと展示ディレクションを担当。現在は仙台を拠点に活動している。

インフォメーション

南三陸311メモリアル(道の駅さんさん南三陸内)

宮城県本吉郡南三陸町志津川字五日町200番地1
休館日:毎週火曜日、年末年始
入 場 料:
〈レギュラー〉一般・大学生1,000円 高校生800円 小学生・中学生500円
〈ショート〉一般・大学生600円 高校生500円 小学生・中学生300円
※ラーニングシアターのプログラム所要時間で異なります。

「もし自分がそこにいたら、どう考え行動するか」を参加者同士で対話しながら考える、ラーニングプログラムをメインコンテンツとする震災伝承施設。「南三陸さんさん商店街」と、八幡川の向こうにある震災遺構の旧南三陸防災対策庁舎のある震災復興祈念公園を中橋がつなぐ。この一帯は被災の記憶とふるさと再生の姿を五感で感じられるフィールドとなっている。