海のレシピ project

Minamisanriku

伝承キリコとカレイに託す祈り

[宮城県 南三陸]

2023.03.11 UP

海とともに生活を営んできた人々に自然災害がおそった2011年。 時を経て「南三陸311メモリアル」が、アートを切り口に「防災」「震災伝承」についての学びの場として2022年に開館した。 新たに生まれた伝承施設と、神様の依り代としてこの地に連綿と伝わってきた切り紙の“キリコ”を通じて、南三陸の海にまつわる今と未来を心に刻む。

ものがたり

伝承切り紙「キリコ」に祈りを込めて

上山八幡宮 禰宜・工藤真弓さん

紙を切ってつくられる「切り紙」。日本の切り紙は中国から伝えられたと言われ、正月飾りや神楽などの宗教儀礼に用いられるものを「伝承切り紙」と呼んでいる。東北地方はこの伝承切り紙の宝庫と言われている。宮城県南三陸町にある上山八幡宮・禰宜(かみのやまはちまんぐう・ねぎ)の工藤真弓さんに話を伺った。

伝承切り紙には、平面的な「切り透かし」、立体的な「御幣(ごへい)」「網飾り」の3つがあり、この伝承切り紙全体を指して「キリコ」と呼ばれることが多い。従来、伝承切り紙は神社から氏子に配られるものであり、工藤さんが禰宜を務める上山八幡宮でも代々そうしてきた。工藤さんはこれを「伝承キリコ」と呼んでいる。

伝承キリコの起源は、山岳信仰の修験者が修行の際に携帯していた神聖なものされた紙と小刀を用いて、神様の依り代(姿のない神様が依るところ、宿るところ)として神事の場に奉じていたものと推測されている。修験者が生み出したのは、雷のような形の「紙垂(しで)」。工藤さんは、横長の白い紙を半分に折り、三か所に切り込みを入れて手前に折り返して、紙垂ができる様子を見せて説明してくれた。

「紙垂はしめ縄に結んで、神聖な場所と俗世を分ける結界の役割をしています。でもそれは、見方を変えると、神聖な場所と俗世を結び合わせているとも捉えられる。紙垂が風などで揺れると、そっちにもこっちにも行き得る、とても貴重な場所であることを知らせてくれるように感じています」と工藤さん。

昔から自然災害や飢饉などが多かった東北地方では、供える食べ物に困ることもあった。そんな時、紙が神様の依り代となり、いろんな祈りの形が生まれて里神楽の舞台の天蓋、そして家庭でも捧げられるようになっていったと工藤さんは続ける。そして紙垂から複雑な形をとるようになり、先に挙げた御幣、切り透かし、網飾りへと変化していった。
御幣は、串に挟んだ切り紙で、神様のお召しものの形を表している。切り透かしは神様のお供物を表し、上山八幡宮では三方(神様の領域を表す神具)の上にお供え餅、お神酒鈴、知恵袋のお供物がそれぞれ乗っている切り紙を3枚一組で作っている。最後の網飾りは大漁満足を祈って作られるもので、上山八幡宮では恵比寿様の釣竿に見立てて「ゑびすの幣」と呼ぶ。大きな網に鯛が4匹かかり、さらには扇や菱餅も釣り上げられた立体的な形は、見るからに縁起が良い。

「海のそばの神社が切り透かしにするお供物は鯛であったり、里山の神社では米俵であったりと風土を映し出しています。また、網飾りは旧伊達藩の領地と重なる三陸の沿岸部にある神社に見られる独自の伝承キリコで、神社によって切り出される柄や大きさそのものが異なります」と工藤さんは説明した。

これらの伝承キリコは、正月飾りとして年末に氏子を中心に分けられ、古いものはお札と合わせて1月にお焚き上げされるために、上山八幡宮ではいつから始まったのかその歴史は分からないそうだ。しかし、こうやって毎年清浄なものに作り変えていくことによって、その技術を今にも受け継いでいる。網飾りに関しては、鯛と扇の部分の型紙があるだけで、その他の部分の作り方については口伝で継承しているという。

御神体が祀られている社殿の中にも「キリコ 」は大切に飾られている

上山八幡宮の鳥居

2011年3月11日、東日本大震災が発生した。上山八幡宮は、1960年(昭和35年)に南三陸町がチリ地震津波で被害を受けた経験から今ある高台へと遷座していたため、震災当日は津波が鳥居手前まできたものの境内には入らず無事だった。工藤さんの自宅は被害に遭ったが、奇跡が起きたという。「机の上に置かれていたキリコの型紙が入った酒の箱が机ごと水に浮かんだおかげで、型紙が濡れずに済みました。型紙が残ったのだから、作り続けなさいと言われているように思いました」。

上山八幡宮でこれまで500組作って分けてきた切り透かしは、津波で被害に遭って飾る場所がないという事情もあり、震災の翌年は8組だけとなった。氏子が減れば伝承キリコも廃れてしまうと暗雲が垂れ込めたが、震災前に始まっていたまちづくりのプロジェクト「創作きりこ」を機に新たな道が開けた。

震災後、プロジェクトチームに残されていたデータを元に作られた大きな創作きりこの看板が町の中に立てられたことで、神社に伝わる伝承キリコについても知りたい、作ってみたいという声が工藤さんの元に届くようになった。そこで、当時の神主であった父親が創作きりこプロジェクトのメンバーに伝承キリコの扉を開いていったように、工藤さん自身も新たな方法で伝承キリコを広めていくことにした。

上山八幡宮の目の前に、南三陸さんさん商店街と南三陸311メモリアルはある

「津波で大方が流されましたが私自身は残り、何かに使うために生かされていると思うようになりました。伝承キリコとは何かを掘り下げていくと、歴史に守られている感覚を得られたことから、津波が来ても歴史や文化は残っていたことが救いだったと伝えていきたいという気持ちになりました。キリコ一つを通じてもいろんなことを味わえます」と工藤さん。

現在は、上山八幡宮で伝承キリコを氏子を中心に分けることを続けながら、工藤さんはキリコの教室も行っている。折った半紙を切り抜いていく作業の中で、切り抜くとは失ったり、損なったりと本来はあって欲しくないものだが、キリコを通じてそういうものを取って大事なものが見えてくると教室で伝えている。「キリコは写経のようなもので、鳥が鳴いたりするのが聞こえて音と共に生まれます。今日という時間だけれど長い歴史と共にいる、大きな恵みの中で実は守られていることに気づけたら、行き詰まらずに生きていけると思います」。伝承キリコは、また新しい役割を持ってこれからも生き続ける。


文:久保田真理(ついたち)
写真:飯坂 大

お話を伺ったひと

工藤真弓さん(上山八幡宮 禰宜)
南三陸町志津川出身。上山八幡宮禰宜として古峯神社など五社に奉仕するほか、かもめ虹色会議、南三陸椿くらぶ代表など多くの役回りを務める。震災後の2011年秋より、宮城大学の復興まちづくり推進員を3年間務める。2013年春より、一般社団法人「復興みなさん会」のメンバーとして「南三陸 椿ものがたり復興」など、町の特徴を活かす「自然なまちづくり活動」を重ねている。

インフォメーション

上山八幡宮

宮城県本吉郡南三陸町志津川字上の山27-2
トピックスで紹介した南三陸311メモリアルから徒歩5分。