お伽話に身を委ねてほどける時間
[香川県 三豊市]
2023.01.31 UP
子どもから大人まで誰しもが一度は読んだことのある、海を舞台にした日本のお伽話といえば『浦島太郎』だ。伝説が伝わる土地は全国にいくつかある。今回はそのひとつ香川県の三豊市へ向かい、現代を生きる私たちにとっての“竜宮城”の意味を探した。
ものがたり
「水江の浦の島子が 堅魚釣り鯛釣り誇り 七日まで家にも来ずて 海坂を過ぎて漕ぎに行くに わたつみの神の娘女に たまさかにい漕ぎ向かひ……」これは浦島伝説、つまり「うらしまたろう」を詠んだ万葉集の一節である。
古くからあるこの話は『丹後国風土記』から『日本書紀』そして『万葉集』の源流期をへて、江戸時代には「おとぎ話」として、主人公が<島子>から<太郎>に変化する。明治ごろには、助けた亀に連れられるという、私たちがよく知っている「浦島太郎」の原作と呼べるものができあがった。長い歴史と文化に育まれてきたことに、つくづく驚かされる。
時田史郎さんは「こどものとも」編集長を務め、晩年までは福音館書店の社長でもあった。昔話や民話の採集をライフワークとしており、この『うらしまたろう』は「日本傑作絵本シリーズ」の一冊として、文献をさかのぼり再話したものである。さまざまなアレンジを加えられ世に送り出されてきた昔話の、ピュアなオリジナル版と言えるだろう。自分が知っているあらすじと違うと気付きがあるかもしれないが、それもまた面白い。
_たろうは、かめのせなかに しっかりと つかまった。
こんぶのもりのなかを とおりぬけているのか。
からだのあちこちに こんぶが まきついては ちぎれ、
まきついては ちぎれた。
「もう、めをあけても だいじょうぶです」
おとひめのこえに、たろうが めを あけると
ふしぎな ひかりに つつまれた りゅうぐうが みえた_
水彩画で描かれた海や魚といった描写が、しみじみ美しく、余韻を残す。筆をとっているのは秋野不矩(ふく)さん。インドをはじめとする世界を旅しながら、西洋技法をとりいれた新時代の日本画を生んだ画家である。1974年の出版から変わらずに、今でも子どもたちがこの一冊を手にとれることが素晴らしく、また嬉しく思う。
ところで、おとぎ話の「お伽」とは、夜に話し聞かせるという意味合いを持つ言葉である。大人になると誰かに読んでもらう機会もないものだが、そっと頁をめくり眺めていると、眠る前の心が整うようでいい。大人にもお伽の時間が必要なのだ。
ものがたり情報
『うらしまたろう』(福音館書店)
初版:1974年
文:峰 典子
写真:藤岡 優(Fizm)