サンゴ広がる「海の森」が繋ぐバトン
[沖縄県 恩納村]
2023.09.26 UP
「サンゴは動物」。このことをどのくらいの人が知っているだろうか?世界中で約800種が生息し、沖縄だけでも約200種以上いるといわれている。南の海でサンゴが果たす役割は大きく、サンゴ礁は生態系の循環をうながす静かな森だ。「ものがたり」ではそんなサンゴが育む魚たちと海の壮大さを木版画で表現する名嘉睦稔の作品を、「トピックス」では沖縄県恩納村が取り組む「サンゴの村宣言」の活動を紹介する。
トピックス
沖縄県本島中央部の西側に位置する恩納村は、年間約280万人の観光客が訪れる人気のリゾート地だ。海岸が約42kmにわたって続き、その海域全てが沖縄海岸国定公園に指定されている。サンゴ礁が広がる美しい海は観光客を魅了し、村民にとってもなくてはならない心の拠り所であり、営みの場でもある。
豊かな海で育まれる村の特産品のひとつが、[レシピ]の記事でも取り上げたモズクだ。昭和50年に養殖手法の実証試験が行われ、その後恩納村の漁業研究グループと水産業改良習及所が共同し、初めて養殖モズクが昭和52年に水揚げされた。つまり恩納村は養殖モズクの発祥の地。改良や試験が繰り返され、養殖技術が沖縄県全域に広がっていった。
「養殖モズクを沖縄あげての産業にするため、特許を取らずに技術を広めたと聞いています。すごいことですよね。海ぶどうもアーサの養殖技術も、恩納村の漁業協同組合のみなさんのおかげで県内に広がっていったんですよ」
そう嬉しそうに話してくれたのは村長の長浜善巳さん。海人(うみんちゅ)は昔から人付き合いが上手で、友好的な人が多いという。海なくしては漁協も成り立たず、海の環境配慮は当然と考える人たちが養殖技術を発展させてきたのだろう。今では、沖縄科学技術大学院大学(通称OIST)の教授とも協力し合い、ゲノム解析を行って海水温の上昇にも強いモズクを養殖するなど、先端的な開発も行われているそう。
そして、古くからの営みと先端技術が交差する恩納村は2018年、世界一サンゴと人にやさしい村を目指そうと「サンゴの村」を宣言した。ここに至った経緯と現在までの取り組みについて、長浜村長をはじめ企画課企画係長の宇江城悟さん、同課の饒波武周(のは たけちか)さん、そして恩納村文化情報センターの司書である呉屋美奈子さんにお話しを伺うことができた。
「沖縄の本土復帰以降、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会にかけて、沖縄一帯で道路の整備やリゾートホテルの建設ラッシュが続き、その頃から海や海岸に変化が現れはじめたんです。そんな海への影響を見て、漁業に携わるみなさんが、“サンゴがあるから海がきれいなんだよね” “やっぱりサンゴは大切だね”と言って、環境の再生に取り組んできてくださいました」と長浜村長。
1989年から恩納村漁業協同組合がサンゴの移植活動を手掛け、その後養殖サンゴの植え付けも開始。さらに恩納村コープサンゴの森連絡会、沖縄県内外の企業からなる「チーム美らサンゴ」などが中心となって継続的に再生保全活動を行ってきた甲斐もあり、徐々にサンゴ礁が戻りつつあるという。
現在はリーフチェック(サンゴの健康診断)、子どもたちにも理解がしやすいアニメーションを使った啓発や、大雨で農地から赤土が流出することを防ぐための対策などを村主導で行っており、取り組みは多岐にわたる。
左:リーフチェック(サンゴの健康診断) 右:サンゴの苗植え付け
写真提供:恩納村役場
「サンゴは人が触ったり、踏んだりするとだめになってしまいます。知らず知らずのうちに影響を与えないために、恩納村はUNEP(国連環境計画)とイギリスのリーフ・ワールド財団の取り組みである『Green Fins』の国際的なガイドラインを導入しているんです」と、ダイビングライセンスを持つ宇江城さんが認証制度について教えてくれた。
Green Finsは、ダイビング・シュノーケリング事業を促進しながらサンゴ礁を保全することを目的とする取り組み。認定を受けたダイビングショップを選ぶことで、体験ダイビングをする際にも環境配慮について事前に学べ、初心者でもきちんと知識を持って海に入ることができる。認定ショップは現在15店舗まで増え、環境とサンゴに優しいレジャーを広げるために一役買っている。
「Green Finsは世界で14か国が導入していますが、国が主導していることがほとんど。恩納村が日本で初めて導入をしたのですが、自治体レベルで取り組んでいるのは世界初ですね」(宇江城さん)
「サンゴの村宣言」以降、こうしてサンゴの保全・再生への輪は大きな広がりを見せている。
「2019年度の自治体SDGsモデル事業に選定され、全国から様々な取り組みに賛同してくださる企業や個人の方もたくさん恩納村に来てくださっています。サンゴの植え付け、ビーチクリーン、そして山の方では、赤土の流出防止のためにベチバーいう植物を植えたり、植林をしたり。こういった活動で皆さんからたくさんの支持をいただき、ありがたいですね」(長浜村長)
写真提供:恩納村役場
SDGsパートナーシッププロジェクトの一環で企業が参入したことで、子どもたちの想像力とも結びついている。恩納村立うんな中学校の生徒が命名した『PROJECT UNNA 魂』が2021年度からスタートし、特産物を活かした新たな商品が続々と生まれているのだ。
「中学校の3つのクラスがそれぞれ、20コマの授業を使って商品開発に取り組んでいます。1年目のアテモヤという果実を使ったお菓子や海の環境に配慮された日焼け止めに始まり、今は防災アプリの開発を手掛けているクラスもありますよ」と、饒波さん。特産品のアーサを使った恩納村限定発売の「堅あげポテト」は、生産が追い付かないほどの人気だそうだ。
左:2021年度開発品 右:2022年度開発品
写真提供:恩納村役場
小学生たちも、サンゴや環境学習はもちろんのこと、海ぶどうの養殖所の見学や赤土流出対策のため沈砂池※の清掃活動なども行っており「恩納村では子どもたちの方がSDGsに詳しいですね」(宇江城さん)と、環境教育と子どもたちの経験が良い巡りを生んでいることをうかがわせる。
一方2015年に開館した恩納村文化情報センターも、関連資料の展示や「サンゴの村」のPRコーナーが充実し、観光客の目にも止まる工夫がなされている。係長(司書)の呉屋さんが見せてくれたのは子どもたちがワークショップで描いた絵本の数々。
「サンゴの学習を経て、子ども達がそれぞれ感じたことを描いてくれたオリジナル絵本が15冊ほど閲覧できるようになっています。説明を文章にすることが難しい年齢の子に“なぜここをこんな風に描いたの?”と聞くと、ちゃんと答えがあったりして、おもしろいなと思いますね」(呉屋さん)
味わい深いイラストで、サンゴに関する知識を楽しみながら学ぶことができる「恩納村サンゴのかるた」も2019年度に作成された。「サンゴの村宣言」の波及が目に見える形で現象化しているので、初めて訪れた取材班も学びが深まっていくことを実感する。
左:子ども達による創作絵本 右:サンゴかるたとアニメ絵本
視界の抜けが心地良い文化情報センターの図書フロア
「3月5日をサンゴの日と定めたことで、この日が来ると“さぁまた1年頑張るぞ”という気持ちになります。年々盛り上がってきているので、この先も見守っていきたいですね」(長浜村長)
「優しさと誇り」「人づくりと協同」「交流と活力」「共生と持続」を基本理念とした「サンゴの村宣言」の取り組みは、年を追うごとに人にも環境にも希望ある未来へのバトンとして、着実に手渡しされている。
文:村田麻実
写真:大城亘
参照:
恩納村コープサンゴの森連絡会
沖縄県もずく養殖業振興協議会
Green Fins
※流水中の土砂などを沈殿させ、流れから除くための池のこと。
お話を伺ったひと
恩納村村長 長浜善巳さん(中央)
恩納村役場 企画課 企画係長 宇江城悟さん(右)
企画課 企画係 饒波武周(のは たけちか)さん
恩納村文化情報センター係長(司書) 呉屋美奈子さん(左)
うんなレタ助くん
※恩納村の友好都市・長野県川上村から贈られた川上犬。役場庁舎で大切に飼育されています。
インフォメーション
恩納村文化情報センター
恩納村の歴史・文化と観光関連の情報を発信する拠点として開館。2019年に沖縄県の図書館で初めてLibrary of the Yearの優秀賞を受賞した、約10万冊の蔵書を持つ図書館兼情報センター。大小合わせて年間100以上の特集コーナーを組み、作家の講演会や屋外での映画上映会など各種イベントも多数企画されている。美しい海を一望できる眺望室があり、観光客にも人気のスポット。恩納村役場から約10km南下した場所にあり、敷地内には博物館もある。
住所:恩納村字仲泊1656番地8
時間:火~金10:00~19:00(観光フロアは18:00まで)、土日祝10:00~17:00
TEL:098-982-5432