タコは吸盤で“味わう”
[神奈川県 佐島]
2022.02.16 UP
小説家が食を言葉に綴るとき、読み手は必ず食欲を刺激される。五感を震わす作家・朝吹真理子のエッセイに登場した“パクチーたこ焼き”は、今すぐにでも作ってみたくなる一品だ。一年中手に入る食材でもある、タコ。身近な存在ゆえに、その生態を知るとまた違った見方ができてくる。私たち人間と頭足類タコの関係。あなたはどう捉えるだろうか。
ものがたり
流れるような響き、口に出したくなる音。作家・朝吹真理子が紡ぐ文章には、永く愛される古典文学のような味わいがある。2010年、デビュー作『流跡』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞し、続いて上梓した『きことわ』で、第144回芥川賞(平成22年/2010年下期)を受賞。近世文学や将棋を愛する高い教養と若き才能を併せ持つ彼女が書く文章は、五感全部を使って書かれたよう。作家が必要とした場所であればあえてひらがなが使われたりと、読者にも五感のフル活用が求められる。
そんな朝吹による初のエッセイが、『抽斗のなかの海』。様々な新聞や雑誌に寄せたものを一つにまとめたものだが、それぞれに作家本人の後日談が加えられており、書いた瞬間とその後の自己評価を読み比べる楽しさもある。
たとえば、「ミサイルきょうはこなかった 二〇一七年四月」の後日談に、このような記述がある。
<とはいえ、日記って、そのために生きているわけではないから、なんとも単調。花輪和一の『刑務所の中』を読んだとき、食べものの描写がすごく面白かったから、せめて食べものだけはていねいにつけようと思いながら、めんどうくさくてできなかった。>
小説家は料理のプロではないのだが、食に関係する描写は間違いなく面白い。食べものについて書きたいと思ったが面倒、という素直な吐露もまた、読み手をクスッとさせてくれるのである。
とはいえやはり食に関する記述も少なくなく、「たこ焼きとバーボンチェリー」は、再現したい気持ちに駆られる一遍だ。たこ焼き器を買って以来、人が集まるたびにたこ焼きを作っているという朝吹が、<タイ料理のじょうずな友達から教えてもらったパクチー入りのたこ焼きを食べてからは、そればかりつくっている。>ことから、パクチーたこ焼きの作り方、アレンジの仕方、作ったときの友人たちの反応までもを言葉に残している。たこ焼きパーティーの楽しそうな雰囲気が、本から香りと共に漂ってくる。
<液体から固体に焼き上がってくるたこ焼きをみていると、宇宙空間からガス惑星ができるまでの、長い歴史を早回しでみているような気になる。>
湯気と酒気にあてられながらも、いつしかたこ焼きに宇宙を感じてしまう。どんな具材も丸く焼き上げてしまう、たこ焼きの為せる技だ。
インフォメーション
朝吹真理子
『抽斗(ひきだし)のなかの海』(中央公論新社)
出版年:2019年
写真:高村瑞穂