海のレシピ project

Hayama

にぎわいの港町に並ぶ、素潜り漁のサザエ

[神奈川県 葉山町]

2022.08.22 UP

家族で訪れた海、友人と遊びに行った海、ひとりでのんびり佇んだ海など、思い入れのある海を持つ人もいるだろう。国内外で旅や滞在を続けながら、⽣命の根源的な輝きをテーマに作品を制作しているアーティスト後藤朋美さんにとっての大切な海は、葉山。「トピックス」ではその葉山の自慢の食が並ぶ朝市を訪れ、サザエなどの魚介類や新鮮な地元の野菜などを買いに出かけた。「レシピ」ではサザエを使ったオイル煮を紹介する。

トピックス

「湘南ボーイ」のパワーが結実 港の町の文化祭 ハヤマ・マーケット日曜朝市

日曜朝市の相談役兼マネージャー・井上五助さん/葉山町商工会会長・柳新一郎さん

同じ「湘南」でも葉山の海岸は、茅ヶ崎や辻堂、鎌倉とはちょっと趣が違う。海水浴客や波待ちのサーファーは少なめで、シーカヤックやサップ(スタンドアップパドルボード)で水面を滑るように進んでいくのが似合う、穏やかな海。点在するカフェやレストランも、静かで落ち着いた雰囲気の店が多い。

「よそから来るには不便なところだからねえ」
「日曜朝市の五助さん」こと世話役の井上さんが言うとおり、ここ葉山町には鉄道網がなく、JRの逗子駅か京浜急行の逗子・葉山駅(旧・新逗子駅)からの路線バスしか交通手段はない。それでも、この鎧摺(あぶずり)港の広場で開かれる「ハヤマ・マーケット日曜朝市」は、近郊からの観光客がひきもきらないにぎわいだ。

「最初は、町の漁師や商工会と近隣の住人との親交が目的だったんだよ」と、五助さん。

1980年代後半、バブル景気の影響もあってか、閑静な別荘地だった葉山町にも大規模なマンションや住宅が増え、町の様子はどんどん変わり始めた。そこで1990年の秋、「都会から移り住んで来た人たちにも、葉山の生産物や小売店の魅力をもっと知ってもらおう」と始めたのが、毎週日曜日の朝市だ。

「まあ最初は『物々交換』みたいなもんだったね」と、五助さんは笑うが……?

ハヤマ・マーケット日曜朝市の世話役、五助さん


朝市の立ち上げに尽力した1人、葉山町商工会の会長にして老舗和菓子店の店主・柳新一郎さんにも、当時の話を聞いてみた。

「目指してきたのは、きれいな海と富士山を目の前に、葉山のおいしいものを提供できる朝市。漁師さんにも声をかけ、海に捨てられるゴミをなくそう、というところから頑張ってきたんですよ。始めたばかりの頃は場所もここより小さかったし、人も集まらなくて、店13軒にお客さん15人、ということもありました」

そんな頃は出店者同志、「うちの野菜あげるからお宅のパンをちょうだい」といった要領で、互いに品物をさばいていたのだという。なるほど、だから「物々交換」。

それでもめげることなく、毎週休まず開催を続けるうちに、ようやく好機が訪れる。漁協の協力により、この鐙摺港の広場と建物が使えるようになり、港で水揚げされる海産物の販売も行われるように。そしてそれをきっかけに、参加店舗数もぐんと増え、商品のバラエティが豊かになっていく。

魚介類や野菜は、文字通り「かけ値なし」。小売店や地元の老舗スーパーが並べる品々も、ほとんどが通常よりお買い得価格で提供される。正面に富士山を望み、ヨットや漁船が行き交う眺めも素晴らしく、小さな港の朝市は、いつしか葉山でも人気の観光スポットに成長した。

湘南名産のサザエやアカモク、時間をかけてていねいに蒸してから、天日干しにしたひじきなど、ここならではの海産物が並ぶ隣りでおいしいコーヒーや自然素材のマフィンも買える。しらす丼や焼きたてピザ、特製シチュー&トーストのワンコインセットで、海を見ながらの朝食も最高。20店舗ほどのこじんまりした規模ながら、町の新旧の魅力が集結したコンテンツになっている。

「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の限定フルーツタルト


捕れたての魚介類、色とりどりの湘南野菜、人気店のパンやオリーブオイルに、葉山産の夏みかんワイン……。ひと通り買い揃えれば、日曜日の夜は「葉山ブランド」だけで充実したディナーが楽しめることだろう。辛抱強く行列して手に入れた、とびきりのデザートつきで!

ちょうどその頃、キッチンカーのラジオのスピーカーから五助さんの声が流れてきた。
「本日は晴天。サザエは一山1,000円、えー、魚はスズキが出ています……」

五助さんが電話中継する朝市情報は、地元の放送局(湘南ビーチFM)の日曜日の名物コーナーだ。堂に入った語り口。なんといっても「声」がいい。放送が終われば会場を巡回し、「わかめ買いたいなら、あの店だよ」「このお客さんに食べ方教えてあげて」と案内に忙しいが、背筋はピンとして足取りは軽く、いきいきと働いている。

そういえば、素もぐり漁のサザエを販売する「清丸」のご主人も、引き締まった躯体に日焼けした肌が青年のよう。実行委員長の柳さんは、6年前にオープンした商業施設「SHOPPING PLAZA HAYAMASTATION」と朝市の監督のかけ持ちで、休むひまなく立ち回る。

ああそうか、ここは、元祖・湘南ボーイたちが日曜ごとに開催する「文化祭」なんだな。
32年の歴史を誇る、港の町の文化祭。早起きをした日曜日に、ぶらりと出かけてみてはいかがだろう。

お話を伺ったひと

井上五助さん
日曜朝市の相談役兼マネージャー。湘南ビーチFMの情報番組「WEEKEND BY THE SEA」内で、「日曜朝市ハヤマ・マーケット情報」の実況中継を担当している。

柳新一郎さん
アワビ最中で有名な老舗和菓子店「永楽家」店主。葉山町商工会会長。ハヤマ・マーケット朝市のほか、毎年秋に開催するハヤマビッグマーケット、2016年にオープンした「SHOPPING PLAZA HAYAMASTATION(通称・葉山ステーション)」の運営にも携わる。

インフォメーション

ハヤマ・マーケット日曜朝市 
(神奈川県三浦郡葉山町鐙摺港)
年末年始と荒天時を除く、毎週日曜日8:30~10:30(売り切れ次第終了)
JR逗子駅、京浜急行逗子・葉山駅より京浜急行バス「鐙摺(あぶずり)」停留所から徒歩1分(駐車場なし)

文:奈良結子
写真:高村瑞穂