海のレシピ project

Onna

サンゴ広がる「海の森」が繋ぐバトン

[沖縄県 恩納村]

2023.09.26 UP

「サンゴは動物」。このことをどのくらいの人が知っているだろうか?世界中で約800種が生息し、沖縄だけでも約200種以上いるといわれている。南の海でサンゴが果たす役割は大きく、サンゴ礁は生態系の循環をうながす静かな森だ。「ものがたり」ではそんなサンゴが育む魚たちと海の壮大さを木版画で表現する名嘉睦稔の作品を、「トピックス」では沖縄県恩納村が取り組む「サンゴの村宣言」の活動を紹介する。

ものがたり

名嘉睦稔が描くサンゴ礁の魚たち

ボクネン美術館(北谷町)

サンゴの村・恩納村をあとにして向かったのは、沖縄を代表する版画家・名嘉睦稔氏の作品が一年中楽しめるボクネン美術館。2010年、北谷町(ちゃたんちょう)に開館した私設美術館で、取材当時『ボクネン展示Vol.34 彩り~珊瑚礁の魚たち~』が開催されていた。

躍動する魚、波、光、色彩、そして生命力が漲る作品が並ぶ会場内。圧倒されながら進む先で、代表作のひとつ『大礁円環』(1996)が迎えてくれる。高さ約1.8m、横幅約11mにも及ぶ大作だ。四季の移り変わりを花々や風とともに刻んだ『節気慈風』と対になっており、ボクネン美術館の常設作品として一年ごとに交互に展示されてきた。

潮の流れと生き物たちの躍動感が溢れるダイナミックな作品『大礁円環』

「コロナ期間中は掛け替えができず、3年ぶりに『大礁円環』の展示ができました。本展では、この海のなかにナポレオンフィッシュが向かっていくようなイメージを作りたかったんです」と話してくれたのは、企画広報に加え、展示構成も担当する髙江洲安祐美さん。空間全体で海を感じられるようにするため、展示室で波の音を流す試みを今回初めて行い、ナポレオンフィッシュの周囲に作品を追加したいと、新たに4点の魚の画を依頼したそう。

「睦稔が現在も創作活動を行っていることを知っていただく機会でもありますので、今回のように新作を依頼することもあるんです。本人は不定期でふらりとやって来て、作品の状態を確認したり、お客様からの感想を読んで喜んで帰られますよ」

イラストレーター業を経て木版画と出会い、版画絵の裏側から着色する「裏手彩色」という技法でこれまで2300点以上の作品を生み出している名嘉睦稔氏。伊是名島出身で幼少の頃から海は遊び場であり、創造の源となる場所だった。
1990~91年にかけ、「健康な沖縄の海」をテーマに『珊瑚花畑』という50にも及ぶシリーズ作を制作。当たり前にある珊瑚礁の海と魚たちを描いてきたが、『大礁円環』は赤土汚染によって珊瑚への影響が大きな問題になった1996年、絵描きとしての葛藤のなかで憤りの感覚の裏返しから生み出した。「無心で彫っていると刀の先から記憶が甦るような感覚」だったと、かつてのインタビューで答えている。
この絵には1m四方のなかに50種類以上の海の生きものがいるのだが、なんと生物の研究者から「生態的にもほぼ正確に描かれている」との感想もあったそうだ。

提供:ボクネン美術館

制作現場にも居合わせたことのある髙江洲さん。「とにかくスピードが速いことに驚きます。墨の下絵もあってないような…常に画が頭のなかで動いているそうで、描きたい画が変わらない前に彫るという勢いです。紙の後ろから彩色するので、にじみ出しも踏まえて塗る順番も考えていますが、本人は“ままならない感じ”が好きみたいですね」。
思いがけない方向へ刀が滑ったり色がにじんだりと、想定と違ってくることもおもしろく、木版画の魅力から抜けられなくなったという。

スタッフの髙江洲安祐美さん

「自分の手から作品が離れると他人のもののように思えるようで、“あの絵、いいな”と思って近づいたら自分の作品だった、ということもよくあるそうです。こうして飾られることで、何年も前の作品と久々の再会になっているみたいですね」と、人柄を窺い知れるエピソードも語ってくれた。

9月29日(金)からスタートする次回展は『ひねもす~朝、昼、夕、夜~』。睦稔氏の故郷・伊是名島を中心に、夜明けから夕暮れ、夜にかけての一日のグラデーションが楽しめる作品展となるそう。
独自の世界観ながらどこか懐かしさを感じる“ボクネン作品”。何度足を運んでも、きっと新しい感覚に出会えるはずだ。


文:村田麻実
写真:大城亘

参考:おきぎん調査月報(No.483/2014)

インフォメーション

ボクネン美術館

沖縄県中頭郡北谷町美浜9-20 AKARA2F(アメリカンビレッジ内)
→2024年7月に移転しました
沖縄県沖縄市久保田3丁目1番12号プラザハウス3F
「BOKUNEN ART GALLERY」

名嘉睦稔(なか ぼくねん)

1953年沖縄県伊是名島生まれ。イラストレーター業を経たのち、木版画と出会う。「裏手彩色」と呼ばれる技法でこれまで生み出した作品は2300点を超える。色彩豊かな作品は、九州・沖縄サミットの広報用絵葉書や環境省のポスターにも起用された。国内外で個展を多数開催。「描き足らじ」を標榜し、現在も新たな作品を生み出し続けている。