海のレシピ project

Mitoyo

お伽話に身を委ねてほどける時間

[香川県 三豊市]

2023.01.31 UP

子どもから大人まで誰しもが一度は読んだことのある、海を舞台にした日本のお伽話といえば『浦島太郎』だ。伝説が伝わる土地は全国にいくつかある。今回はそのひとつ香川県の三豊市へ向かい、現代を生きる私たちにとっての“竜宮城”の意味を探した。

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竜宮城で見つける「本当に大切なもの」

香川県の玄関口、高松空港そして高松駅からも車で約1時間。三豊市は瀬戸内海に突き出る荘内半島を有し、近年「日本のウユニ塩湖」と称される父母ヶ浜(ちちぶがはま)をはじめ、桜の名所として海外でも知られるようになった紫雲出山(しうでやま)など観光地として注目を集めている地域だ。
ここには、浦島太郎親子のお墓があるとされる「箱」や太郎が釣りをしていたといわれる「糸之越」、かつては不老浜(ぶろま)と呼ばれた「室浜」など、詫間町に点々と残る地名や遺跡によって長く語り継がれる浦島太郎伝説がある。

その姿かたちが亀に例えられる丸山島。浅瀬の浜の先に見えるのが浦島神社だ。ここにたどり着けるのは干潮時のみ。ゆっくりと時間をかけながら道が現れ、数時間後にはまた海に消えていく。季節によって時刻を変化させながらも、明るい時間帯に渡れるチャンスは一日に1度。だからこその特別感がある場所だ。この丸山島を一望しながら波音だけが響く浜辺に身を置くと、心地の良いリズムがからだを包むのがわかる。

干潮時間に現れる丸山島へ続く道

「『浦島太郎』の物語で竜宮城と呼ばれているものは、“心地の良い時間”を示していると言えます。そこはとてもゆったりと時間が流れているのです」
今回私たちが浦島太郎の伝説が語り継がれるこの地へ足を伸ばした意味を振り返るためにお話しを伺ったのは、神話を背景に、さまざまな事業のコンセプトづくりを行う木戸寛孝さん。
物語の最後で浦島太郎は、自分の使命を思い出して“この世”に戻ってくる。手渡された玉手箱を開けたことで元いた世界の時間に切り替わり、浦島太郎は一気に年老いてしまったのだと木戸さんは現代社会にも例えて続ける。

「疲れや緊張によって起こる老化。それが現代の時間の速さのなかで起こっています。竜宮が指す重要なものは場所や物質ではなく、そこに刻まれている“ゆったりとした時間の流れ”でしょう。いまの世の中はとても目まぐるしく、私たちの身は時間の切り刻みのなかにあります。竜宮が語りかけてくるものは『本当に大切なものは何なのか?』ということではないでしょうか」

昨今の世界情勢やコロナ以降、働き方や住む場所をこれまでとは違った価値観で選ぶ人が増えている。多くの人に「本当に大切なものとは?」といった気づきが起き、少しずつその変化が広がっているのかもしれない。
そして木戸さん曰く、もうひとつ物語のなかで重要なシーンがあるという。竜宮城へ行くまえに浦島太郎がとった亀を助けるという行動。その優しさだ。

「竜宮城へ行ってただ楽しみ、疲れを癒して満足だということではなく、まずは亀を助けるという他者への思いやりや優しさを持っていたことが重要です。自分本位ではなく、きちんと余白を持ってゆったりとした時間を自分のなかに築いていないと優しさや慈悲といったものは醸成してきません。いまは強い者が自分本位になることで分断している社会がありますよね。さまざまな関係性を取り戻すときに大事なものは条件やモノではなく、そこに介在している人間の優しさや慈悲だと思います。その気持ちが持てたときに、自然や他者への慈しみが生まれて平和や愛によって関係性が取り戻されていく。これは結局のところ“人間の再生”だと考えます。再生に関わる感性や感覚は、心を込めることでより丁寧で落ち着きのある世界につながっていきます。心を落ち着けて静まる、というメタファーが“海の底”であり、その底に落ちていく(=竜宮城)と捉えられるわけです。いじめられている亀を見て見ぬふりをせず、手を差し伸べようとする慈悲が浦島太郎の本質にあり、だからこそ竜宮城に入っていけたのでしょうね」

心を落ち着けることで得られるゆったりとした時間こそが竜宮城。直感や何か大きな事象が降りかかることで気がつく人もいれば、せわしなく日々を送るなかでまだピンと来ない人もいるかもしれない。そのなかでわかりやすく“時間”が身体反応に表れるのが呼吸。緊張や忙しさ、そして怒りから呼吸が浅くなる経験はおそらく多くの人の身に覚えがあるだろう。

「静まっていく感覚というものが竜宮であり、実はこれは自分の心の中にあるということ。自ずと自分のなかに降りてくる。何を手にしたいのか、または取り戻したいのか。目に見えるものや形ではなくて、この竜宮城のなかに流れている時間の流れこそ、いま私たちが求めているものなのだと思います」

竜宮城がなぜ見えない海の底にあるのか。
旅でその土地の伝説や神話に触れて気付くべきものは、ただ目前にあるものから影響を受けるだけではなく、自分の内側に湧き上がってくるものに目を向けることの大切さ。
自分を見つめ心を穏やかにすることで、私たちは竜宮が内包する時間を手にすることができる。

文:村田麻実
写真:藤岡 優(Fizm)

お話を伺ったひと

木戸寛孝さん(国際NGO世界連邦運動協会 常務理事長)
1969年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。(株)電通を退社後、1999年から千葉県香取市で農業に従事。2006年から株式会社umariにて、コミュニティー事業(丸の内朝大学)、地域活性事業(三重県、島根県、宮崎県と神社を活用した地域交流プロジェクト、群馬県みなかみ町におけるヘルスツーリズム事業)、東北震災復興事業(東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト、ふくしま復興塾)に取り組む。2000年より国際NGO世界連邦運動協会に参画し、2002年オランダ・ハーグに"常設"された国際刑事裁判所(ICC)に日本政府が加盟するために尽力。現在は常務理事長を務める。ライフワークとして、明治維新の背景にあった日本の「国体」について研究。明治維新の元勲・木戸孝允の直系6代目。

インフォメーション

URASHIMA VILLAGE
丸山島を一望できる絶景地に、亀の甲羅をモチーフにした六角形のデザインをちりばめた一棟貸しの宿。浦島神社へ続く一本道を部屋から眺められ、砂浜には裏側からの直通ルートで下りることができる。宿泊棟は3棟。

三豊市詫間町大浜乙171-2
高松空港から車で約1時間
JR予讃線詫間駅から車で20分
https://urashimavillage.com/