いりこの島・伊吹が紡ぐ物語
[香川県 観音寺市]
2023.02.17 UP
出汁のきいたうどんやお味噌汁に利用され、料理人にも長く愛されるぴかぴかの「いりこ」を求めて観音寺市、そして海を渡り伊吹島へ。 手間を惜しまずカタクチイワシの加工業を続ける老舗・いりこのやまくにの挑戦と、そのいりこの旨味を活かして作る一汁一菜を紹介する。さらに、“いりこの島”伊吹島に新たな人の流れを作ったアーティスト・栗林隆に《伊吹の樹》への想いを尋ねた。
トピックス
香川県と言えば「うどん県」と呼ばれるほど、全国的に知られている讃岐うどん。そのうどんに欠かせない出汁といえば「いりこ」。ただ現在では、お店でも家庭でもいりこを使う人が減少傾向だという。
そんななか、瀬戸内の海でとれるいりこの美味しさを丁寧に伝え続けているのが「やまくに」6代目の山下加奈代さん。創業明治20年(1887年)、初代の山下國造氏から130年以上瀬戸内の海と向き合い、いりこの加工と出荷をしている。
「15年くらい前から、『パリパリ焙煎いりこ』という商品を作っています。それまでは、良質のいりこをそのままの姿で出荷していました。でも働きに出る女性が増え、食の洋食化なども重なり、家でゆっくり出汁をとる方が減り、いりこの消費量は減っていました。このままではいけないと考え、料理研究家で随筆家でもある辰巳芳子先生に『どうすればいりこ離れを止められるか?』と相談の手紙を送りました。先生からの返答は『そのままのいりこでは、美味しいいりこではない!』と……。丁寧に手間をかけて頭とはらわたを取り、弱火で炒るところまでできるなら一緒に商品を作りましょうと言っていただきました。教えていただいた通りにやってみると、これまでとは違って臭みが全くなく、いりこのうま味がすごく感じられました。先生から手間をかけてもっと美味しい商品にして、いりこの美味しさを伝えなさいと背中を押してもらい、それからずっと家族3人の手作業で選別し商品化しています」
しっかりと選んだいりこを、さらに丁寧な手仕事で美味しさを最大限に引き出す。やまくにが大切にしているいりこの美味しさの基準とはなにか。
「3つの美味しいを大事にしています。1つ目は、銀色のうろこがしっかりついていること。2つ目は体がくの字に曲がっていること。3つ目はお腹に穴があいていないこと。さらに、私のひいおじいさんが、いりこの口がパクっとあいているいりこは、煮沸される間際まで元気に生きていたいりこだから、美味しのだと言っていました。袋の中に何匹か、口があいたいりこが入っていると思います。こうして選別したいりこを手作業で袋詰めして出荷しています。割れていたり作業の中で出てきた粉も、焙煎してふりかけや出汁パックにしたり最後は肥料に使ったりと無駄にはしません」
自分たちでいりこの食べ方を伝えつつ、今では日本を代表する料理研究家たちにも愛され、書籍やメディアを通して紹介される機会が増えている。
パリパリ焙煎いりこは、おやつ感覚でぱりぱりの食感を楽しんだり、水に入れて出汁をとることもできる。魚の臭みはなく、いりこの香ばしさとうま味を最大限に味わえるのだ。
「コロナ禍以前は、関東のセレクトショップなどを拠点にいりこのワークショップもしていました。基本の出汁の取り方を伝え、いりこ出汁のおみそ汁やいりこ飯を一緒に食べると、美味しさが伝わっているなと感じられました。今では料理家の先生や美味しいものが好きな人たちから、和食としてだけではなく、イタリアンや中華などで新しい食べ方もたくさん提案いただいています」
5代目・公一さんはワークショップやイベント出展で全国各地を飛び回る人気者だ。
さまざまなネットワークが広がる一方で、日々海と接するなかではその変化にも敏感にならざるを得ない。
「やまくにのいりこは、目の前の燧灘(ひうちなだ)で獲れるカタクチイワシを加工しています。昔は5~11月までいりこ漁に出るほど、カタクチイワシがたくさんいました。今は温暖化や海の環境の変化、また自然保護の観点から漁期は近年は6~8月の3ヵ月だけになりました。いりこの餌となるプランクトンが増えたのか、食べ過ぎて脂がのったいりこが増えています。脂がのったイワシは酸化が早いので、やまくにのメイン商品にはならないんですね。海の生態系バランスが変わったなと感じています」
それでも、この観音寺を拠点に家族一丸となってのいりこ生産は続いていく。
「これまでお世話になった方々に『丁寧な手作業は絶対にやめるなよ!』と励ましの言葉をかけてもらっています。美味しいいりこが届けられるように、今までやってきたことを、これからも変わらずコツコツ続けることかなと家族3人で話しています」
インパクトのあるいりこが書かれた袋を、さっとバッグから取り出しておやつにする。そんなライフスタイルが当たり前になるように、これからも瀬戸内の海のカタクチイワシに向き合い、最高に美味しい状態でいりこを届け続けることが「やまくに」の使命なのだ。
文:森 さくら
写真:藤岡 優(Fizm)
※燧灘(ひうちなだ)
瀬戸内海の中央部にあたる香川県の荘内半島と愛媛県高縄半島のあいだを占める、四国側を指す海域のこと。
お話を伺ったひと
山下公一さん(左)
山下加奈代さん(右)
山下万紀子さん(中央)
いりこを見極めて100年以上。代々受け継がれていく目利きとこだわりで、選別・部位の解体を1匹ずつ手作業で行う。さまざまな形で商品化されたいりこは、日本全国の料理人と家庭に届けられている。
やまくに
香川県観音寺市柞田町丙1861-1
インフォメーション
やまくにオンラインショップ
魚本来の深みのある強い出汁がとれる「瀬戸内海ひうち灘 いりこ」、銀付いりこを丁寧に焙煎加工した「やまくにのいりこだし」、濃厚な旨味を引き出しスナック感覚で食べられる「パリパリ焙煎いりこ」など手軽さとおいしさで人気の商品をラインナップ。
https://yamakuni-iriko.stores.jp/