東京・虎ノ門ヒルズにレストラン「unis」を構えるシェフの薬師神陸さん。
特別な日に使って欲しいと、”ハレの日のための8席限定のシェフズテーブル“をコンセプトに置くレストランを、2020年12月にオープンさせた。コースの進行に合わせて店内の壁にプロジェクションマッピングを投影したり、BGMや照明を変えたりと、かけがえのない食事を演出している。形式にとらわれず、思うがままに突き進む。強い意思と柔らかい考えを持ち合わせた、ジャンルや世代を超えて活躍する注目の若手シェフだ。

アーバンな雰囲気を思わせる薬師神さんだが、生まれ育ったのは愛媛県西予市。海と山に囲まれた自然豊かな土地で幼少期を過ごしたことは、後の人生に大きく影響した。
「山のものも海のものも、何でもご近所さんにいただける。僕の実家はそんな環境でした。『うちの畑でいつでも大根とネギを取っていいからね』と言われたり、漁師さんたちが『今日は豆アジがいっぱい釣れたからよ』とどっさりくれたり。同級生の中には魚を嫌がる子もいたけど、僕は毎日食べていたし大好きでした。祖父が料理好きだったので僕も自然と料理をするようになり、６歳ごろからもう魚をさばいていましたね」

愛媛県の南西部に位置し、宇和海に面しているのが西予市だ。ヒラマサやカンパチをはじめ様々な魚種の養殖場があり、地元の人々にとっては天然魚も養殖魚も馴染み深い。中でも鯛は身近な魚のひとつで、「安い魚だと思っていたのに、大阪では高級魚の扱い。驚きました」と笑う。

「南予地方で鯛といえば鯛めしが多いですね。炊き込みご飯ではなく、ご飯に鯛の刺身を乗せた鯛めし。新鮮なので鯛を焼いて食べる習慣があまりなかったんです。とれたての鯛は、グミみたいにブリブリとした食感なんですよ。これは地元の人じゃないとわからないだろうな（笑）。東京だと小さな鯛でもすごく高いけど、地元では３匹千円ぐらいで売っていたので、安いイメージでした。一方で、明石の鯛などブランド鯛がある関西では、鯛の身質を微妙にコントロールして、最高に美味しい状態で調理して出す。文化の違いに驚いたことを今でも思い出しますね」

現在は東京を拠点にしている薬師神さんだが、愛媛での仕事も少なくなく、そのような折に愛媛や海の情報を常に仕入れている。コロナ禍によって地元の養殖魚が大量に余っていると知ったときは、unisの隣にある若手料理人用のシェアキッチン「Social Kitchen TORANOMON」で料理人たちに協力を仰ぎ、DEAN&DELUCAと缶詰を共同開発した。
「缶詰ですからすぐに大量に売れるわけではありません。だけど僕たちプロの料理人が本気で缶詰を作ることで、メーカーさんにはできない独自の商品を生み出すことができた。『Social Kitchenに頼んでよかった』と思ってもらえたら嬉しいし、僕たち料理人も商品を作れば販売促進ツールにできる。僕もそれまで缶詰の作り方なんて全く知らなかったのに、全部勉強しましたからね。コロナというピンチもチャンスに変えていきたいです」

unisの営業は週に4日のみ。残りの3日は薬師神さんにとってのインプットの時間だ。
「僕は多趣味なんですよ。テニスやゴルフなどスポーツが好きだし、野球観戦も行きます。食べ歩きや旅行に行くのも大好き。そうやって色んなものを見ておけば話のタネになるし、誰とでもお話しできるようになる。どんなことも、ちょっとでいいから知ってみる。人生において大切なことだと思いますね」

お話を伺ったひと

＜お店情報＞

unis
https://unis-anniversary.com
〒105-0001東京都港区虎ノ門1-23-3　虎ノ門ヒルズガーデンハウス1F
Social Kitchen TORANOMON内

Social Kitchen TORANOMON　
https://www.social-kitchen.site

「Social kitchen TORANOMON」がDEAN&DELUCAと共同開発した缶詰3種

料理人と生産者をつなぐECサービス「REACH STOCK」と薬師神さんら3人のシェフが、コロナ禍で行き場を失った魚介類を用いてレシピを共同開発し、缶詰に。現在DEAN&DELUCAで販売中。レストランの本格的な味を自宅で手軽に楽しめる。
https://store.deandeluca.co.jp

写真：高村瑞穂