海のレシピ project

『波間のラジオ』制作背景のお話

3/30開催「朗読・音楽会」ミニトークより

2024.04.30 UP

2021年にウェブメディア「海のレシピproject」を立ち上げてから、イベントなどを通じて「海を思い出す時間そのものが海を思うことにも繋がっている」と感じ、日常で海を思う時間をつくるべく海にまつわる思い出を集めるプロジェクト「うみつづり」をスタートさせました。

思い出から創作されるものがたりや映像などへの作品化も目的としており、2023年夏以降多くの方々から寄せられた海の思い出から着想して、ショートショート作家の田丸雅智さんにその第一弾となる小説を執筆いただきました。そして青柳拓次さんの音楽に乗せ、鶴田真由さんによる朗読『波間のラジオ』の音声作品が誕生。2024年3月末に初披露となった「波間のラジオの朗読・音楽会」にて語られた、その制作の裏話やそれぞれが感じた作品の印象についてご紹介します。

『波間のラジオ』制作について(イベント『海と私のものがたり』より抜粋)
――まずは田丸さんご自身の海のつながりについてお聞きできればと思います。愛媛県の松山市ご出身ということで、海が近い環境で育たれたのですよね。

田丸雅智(以下田丸) そうですね、松山市の三津という場所になります。祖父の鉄工所があり、鉄を削ったり船のエンジンが運ばれてくるみたいなところでした。そこから細い道を挟んですぐに海があって。渡し船(通称「三津の渡し」)があったり、近くには梅津寺(ばいしんじ)というドラマのロケでもよく使われる浜辺があったり。その浜辺に踏み切りがあるのですが、そのカンカンカン…という音とセットで、僕にとっては海の思い出ですね。祖母に連れられて遊びに行って宝探しごっこをやったり、『海色の壜(びん)』という本のなかに『海酒(うみしゅ)』という一編があるのですが、それもこの故郷での海の思い出を閉じ込めた作品です。僕のなかで海はルーツですし、いまでも作業音は海ですね。執筆するときは波音を聞くことが多いです。ちなみに、今は東京住まいということもあって“海が足りないな”と感じることもあるのですが、そんなときは海を補充しに出かけることもあります。

――なるほど。私たち海のレシピprojectは、食やアートの力で心に語りかけながら「都心で海を思う時間を作る」ということに3年間トライしてきたんですね。みなさんの中にある海を思う種みたいなものを思い出してもらいたいというところから広がってきました。ここから『波間のラジオ』が生まれるまでのお話に入っていきたいのですが、我々からの依頼を受けて最初はどのようにお感じになりましたか?

田丸 もう最高の気分でしたね。海にまつわる企画に誘っていただいて、こんな嬉しいことがあるのかと。見つけてくださったことも嬉しかったですし、たぶん「わっ!」と声が出ていたと思います(笑)。

――私たちもご快諾のお返事をいただいたときは声がでました(笑)。「うみつづり」では「海」というキーワードがあるだけで、ものすごくパーソナルな思い出を多くの方がシェアしてくださるという点が私たち自身も感銘を受けているところです。今回田丸さんに制作いただくにあたっては当時1000近い思い出をお預けして、すべて読んでいただきました。未就学児のお子様の絵や手書きのカード、サイトから投稿いただいたものなどさまざまな思い出がありましたが、どのように感じられましたか?

田丸 まず、読むだけでも海の世界に浸れるなぁというのがありましたし、先ほどパーソナルだとおっしゃっていたことを、僕も本当に感じました。思い出から書く、という書き方としていろいろな選択肢があったなかから2つ挙げると、一つ目は「思い出のエッセンス」といいますか、そこに流れるものを汲み取って、インスピレーションとして100%自分なりの表現として書く。もう一つが今回取った、思い出のなかからいくつかをそのまま出させてもらう方法です。ただ、思い出を一読した時に「これはいい意味で強い」と感じて、この“想い”に向き合わないといけないな、と思いましたね。どうすればいただいた思い出の“想い”のところをお話のなかに昇華させていけるのかな…と。思い出が強いぶん、軸が弱いと思い出に食われてしまうといいますか、物語である必要がない。どうすれば自分の表現として物語にできるかを考えて、最終的に“波”と“周波数”がラジオに共通するというところでラジオのお話に仕上げていきました。

――ラジオというキーアイテムが出てきたことで、いろいろな思い出が並んでいても不思議じゃないお話になっていましたね。どういった思い出が印象的でしたか?

田丸 「長い」「短い」ではなく、本当にどれも素敵なものでした。「リーフから飛び立つような感じ」というのは映像が浮かびましたし、ウチワフグなどの固有名詞は個人の思い出ですから活かしたかった。そういったなかから、登場する順番などにもこだわりながらエピソードを入れていきました。作品に登場していないもので言いますと、ナイトカヌーのお話もとても印象に残っています。僕の記憶の限りの話ですが、たしか、お父様が闘病中だけども、自分の子ども達が楽しみにしていた家族旅行に出かけて、容態が危ないかもしれないと病院から連絡が入ったなかで涙を流しながら月明かりのもとでナイトカヌーに乗った、みたいなお話があって。これはものすごく印象的でしたね。

――想像の世界では思いつかない組み合わせと、その力強さみたいなものがリアリティのなかにはあるということなんでしょうね。

田丸 そうですね。あとは、作品の後半で少しだけ出させてもらった、「しらすがニット帽子に付いていた」お話。実際にはもっと長かったのですが、やはり生活のなか、生きるなかに海があるんですよね。あとは「丸い白石をお盆の時に拾っていた」お話とか。作家としては考えさせられるといいますか、そのエピソードを自分で生み出せるかというとやはり難しい。逆に言うと今回は、エピソードの素晴らしさをいかに活かさせてもらうかっていうところでしたね。すごくエキサイティングな時間でした。

――どうもありがとうございます。制作裏のお話は聞いてみたかったので、とても興味深かったです。それでは『波間のラジオ』の朗読を担当した女優の鶴田真由さん、音楽を付けてくださった音楽家の青柳拓次さんをお招きします。まずは鶴田さん、今日初めて披露いただいたご感想をお願いいたします。

鶴田真由(以下鶴田) いろいろな人の想いが詰まった宝箱のような物語で、それが愛で包まれて一つの小説になっているので、温かい気持ちになりました。読むのもすごく楽しみでしたし、今日実際に読んでみてとっても楽しかったです。

――いろんな方の思い出を、声色を少しずつ変化させながら読んでくださっている鶴田さんの声が本当に胸に響きました。素晴らしい朗読をありがとうございました。そして青柳拓次さん、いかがでしたでしょうか?

青柳拓次(以下青柳) 今日初合わせでしたが、リハーサルのときに聞いた鶴田さんの声が、落ち着きがあってとてもいいなと。田丸さんのお話も絵を描くような感じで…今日は楽しみながら演奏ができて、とてもいい時間でした。

――ありがとうございます。青柳さんには、海のレシピprojectではこの3年間ずっとお世話になっています。1年目は長崎の五島列島に伺って、ハイヤ節という民謡を演奏してくださいました。2年目はスパイラル(表参道)でのイベント内にてミニライブで演奏いただき、それから3年目は「うみつづり」の映像の音楽を制作いただきましたね。そして『波間のラジオ』で3度目となりました。今回は音楽をシーン分けしてくださっているような印象を受けたのですが、音楽を作る時にどんなことに気を付けて下さったのでしょうか?

青柳 いただいた原稿を目で追いながら、即興でフレーズをスケッチみたいな感じでたくさん弾いてみて、それをつなぎ合わせていきました。自分の心の動きがベースになって散りばめられていくような感じです。朗読だと少し長さがあり一曲だとやっぱり少し足りないので、3つのパートを作って、編集の星野有樹さんにつなげていただきました。

――みなさんの思い出から小説も生まれ、音楽も生まれ、つなぎ合わせていくといったこのプロセスに共通点があるなというふうに感じました。改めて田丸さん、朗読を聞いてどのように感じられましたか?

田丸 素敵な朗読と音楽で、本当にありがたい限りです。一鑑賞者として純粋に楽しませていただきましたし、自分なりの海の景色が浮かんできて、最後のほうは本当に、波音が聞こえているような感覚でした。

――鶴田さんは、この作品『波間のラジオ』を最初に読んだ時はどのように感じられましたか?

鶴田 第一印象は、思い出が宝石のように散りばめられていて、それを愛の風呂敷で包んだような感じを受けました。そして、文章から爽やかな潮風を感じるのに切なく、でも光に満ちている、という印象でした。晴れた青空を見ながら涙を流して笑っているみたいな。

田丸 すごくうれしいです。

鶴田 こういう文章の作り方ってとても素敵だな、と思いました。ここまで積み重ねてきた、みんなとの繋がりや想いの共有を大事に育ててきた結果がこの小説であり、今日のイベントだったと思うので、そこに参加させていただけて嬉しいです。

――こちらこそありがとうございます。鶴田さんと海との繋がりについても伺ってもいいですか?

鶴田 当たり前すぎてあまり客観的に見られないですね(笑)。ただ、コロナ禍中私は鎌倉で過ごしていたのですが、本当に海があってよかったと思いました。海のおかげで閉塞感がなかったというか、やっぱり自然って大事なんだと身に染みて感じました。あの時ほど、自然がこんなに多くのものをアースしてくれるんだと感じたことはなかったです。自分の生まれ育った場所が持っている力を感じましたし、より一層感謝しています。

――青柳さんは沖縄に住んでいらした時期もありますが、海ってどんな存在でしょうか?海との繋がりをお聞かせください。

青柳 僕は元々島の音楽が大好きで、たとえばジャマイカだったらレゲエだとかいろんな島に固有の音楽があって、そういった島音楽をかなり聞いて吸収していたんです。バイブレーションみたいものを自分に取り込めないかな?とよく考えていました。あと沖縄に住んでいた時に、東北も含め民謡を勉強していたことがありまして。結構大きな声で歌うので、近所迷惑にならないように波に向かって練習していました(笑)。波の音に負けないぐらい、大きな声を張り上げて歌っていると、どんどん自分の歌い方も変わってきて、沖縄の海に育ててもらったという感じはありますね。

――青柳さんには何度も海のレシピprojectとご一緒いただいていますが、音楽が流れると物語の奥行きがグーッと広がるといいますか、楽器から奏でられる音っていうのはやっぱりすごく大きな力ありますね。みなさんからの海の思い出と田丸さんの作品があってこそですが、今回は鶴田さんの声と青柳さんの音に作品を支えていただきました。表現者の方々の力を借りて、すごく大きなものになったなということを実感しています。今日は本当にどうもありがとうございました。


音声作品『波間のラジオ』(2024)
https://umitsuzuri.jp/works
※字幕付きの本編をご覧になりたい場合はこちらから


写真:高村瑞穂